第8話 光莉VS海晴②

芹沢は左腕にはめている時計のタイマー機能を使い30分を測り始めた。


「このタイマーが鳴り終わったら終了だ。もちろんその前に高森さんがボールを落としたら終了になる。いいね?」


明らかに不利な条件を出したことを無かったことにしたい芹沢は光莉に丁寧にルール説明をする。


あくまでスポーツマンシップに則りたいのか公平な態度で話をする芹沢。


「OK!」


光莉は早く投げてほしいとばかりに短く返事を済ませる。


(高森さんは今、プレイスペースの中心あたりに立っているから1番遠い場所に投げればいいはずだ!)


青陵学園中学校の校舎は複数の建物に分かれており、校舎と校舎の間の空間はプレイスペースで開放してある。


普通の学校なら木々や花壇で素敵にデザインされた中庭なのであろうが、青陵学園はところどころに芝グラウンドを設置しスポーツができるようプレイスペースを設けている。


生徒は暇つぶしにグラウンドに出てはボール遊びをしたり、筋トレなどをして自由に楽しんでいるのだ。


(プレイスペースの大きさは大体13m×13mの正方形、バレーボールでさえ9m×9mを6人で守ってるんだ、一辺13mなんて1人で守りきれるわけない。)


自らを自信づける芹沢。


校舎は校庭の周りを囲むように立っており、芹沢は校庭から最も距離が遠い正方形の角に位置している。


(高森さんは確か右利きのはず、だったら左側への動きは遅いはずだ。)


芹沢は大きく肩甲骨を寄せ、左側にボールを投げるイメージで投球動作に入った。


芹沢の動きと同時に光莉がすごいスピードで左後方に走り出した。


芹沢は光莉の行動に驚き、思わず体を緊張させたが、勢いづいた身体を止めることはできずボールを力強く放った。


光莉は待ってましたと言わんばかりにボールの落下地点に余裕を持って入り、落ち着いてキャッチする。


光莉はキャッチしたボールを見せながら芹沢ににっこり微笑んだあと、芹沢に向かって丁寧にボールを投げた。


(きっとまぐれだ、たまたま予想が的中したに違いない)


芹沢は光莉の運の良さに思わず舌打ちをしそうになるが、その気持ちをグッと堪え、スポーツマンを愛する1人の人間として紳士的な振る舞を見せた。


次に芹沢はかなり手前に投げよう考えた。


(前への突っ込み(※)にはかなりの脚力が必要、あんな細い脚では追いつけるわけがない。)



芹沢は体をリラックスさせた状態で軽く肩甲骨を引き寄せ、ゆっくりと腕を振ろうとした。


すると光莉は瞬く間に地面を蹴り出し、凄まじいスピードで前に出てくる。


(、、、また?!!)


光莉は芹沢がボールを放つ前にまるで落下地点を知ってるかのような動きを立て続けに見せた。


芹沢の放った緩いボールは光莉によってまたもキャッチされたのである。


(、、、?!これもまぐれだ!!)


芹沢は二度もボールをキャッチされたことを光莉の運の良さだと無理やり頭に言い聞かせた。


(今度は右に放つと見せかけて、左に投げてやる!)


芹沢は大袈裟に大きく肩甲骨を引き、右側に投げるとわざとアピールした。


しかし光莉は微動だにしない。


(、、、!?なんで動かないんだ!?)


芹沢は右側に向いていた体を左脚軸を回転させることで無理やり左側に方向転換させようとした。


その瞬間、光莉は全速力で左後方へかけていく。


左後方に投げるとすでに頭にセットされていた芹沢は光莉の動きをみながら、まるで光莉の動きに自分が合わせてるような感覚でボールを放った。


当たり前に光莉はキャッチし芹沢ににっこり微笑んだ。


(な、なんなんだ、こいつは、、、?!)


芹沢は妙な気持ち悪さを覚える。


気持ち悪いと言われ慣れている芹沢だが、自分から誰かを気持ち悪いと思うことなど滅多にない。


しかし、芹沢は確かに光莉に対して“気持ち悪い”と感じているのだ。


芹沢は息が詰まるこの状況から逃げ出したいと思ってしまう。


5月下旬の昼下がり、陽光を浴び続けた芹沢の額から汗が滴り落ちた。


掌の汗で握ってるボールが滑るのか何度もボールを握り直す。


1、2分で終わるはずだった勝負がすでに5分を過ぎようとしていた。


暑さのせいなのか経験のない感覚のせいなのかは分からないが、光莉の周囲が歪んで見えはじめる。


その歪みが自分を抑圧してるように感じた芹沢は一瞬呼吸をするのを忘れてしまっていた。


芹沢は気持ち悪さを払拭するかのように今度は何も考えずに思い切りボールを投げた。


(しまった!!!)


反射的にボールを投げたのが裏目に出てしまいボールはまっすぐ校庭側に向かった。


(もしボールが校庭に入ったら、その音で先生や他の生徒に気づかれてしまうかもしれない!!)


サボっていることを知られたくない芹沢はすぐに我に返ると自分の投げたボールに向かって全速力で走り出した。


パシ!


しかし芹沢の最悪の予想は光莉によって救われる。


校庭に向かって高く飛んでいったはずのボールを光莉が空中でキャッチしてるのだ。


どうやら1階のベランダ部分の突起を踏み台にしてジャンプしたらしい。


地上から3メートル以上は飛んでるように見える。


芹沢は目の前で華麗に着地した光莉を見ながらつぶやいた。


「君はいったい何者なんだ、、、?」


光莉は芹沢の質問に“?“を浮かべながら緩やかにボールを返球した。


「高森光莉、、、だけど?」


ポニーテールをゆったりと風になびかせ、滴る汗を美しく反射させた光莉の姿に、芹沢は心がじんわりと熱くなるのをを感じた。






用語の紹介(※)


突っ込み・・・前方へ素早く飛び込む動作







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