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「成績優秀なくせに、世に蔓延るなんの信憑性もない戯言(たわごと)を鵜呑みにしおって。だいたい、おまえは何のために勉強しているんだ? 将来、なりたいものでもあるのか?」


 まるで面接官のようなことを聞く。思ってもいなかった質問に、雪樹は面食らい、言葉を詰まらせた。


「将来ですか。うーん……。そうですね、強いて言えば、お金儲けがしたいですね。商人とか、金貸しとか」

「随分生臭いことを言うんだな」


 蓮は露骨に顔をしかめた。この皇帝は少しロマンチストなところがある……。


「だっていくらあっても困りませんよ。世の中の不幸は、お金があれば大体解消しますし……」


「良妻賢母になるため、勉学に励みたいのです」とでも言っておけば満足だったろうか。だがそんなおためごかしを言うのは嫌だったし、そもそも心にもないことを言ってもすぐに見破られるだろう。蓮は鋭いのだ。


「それに私は女ですから、大志を抱き、それを実現しようとしても無理なんですよ。役人にはなれませんし、名の知れた会社にだって雇ってもらえません」

「ふむ。だがその状況で、どうやって金を稼ごうというんだ?」

「そうですね、自分で一から商売を立ち上げます! 最近は女社長も増えてきているそうですし」

「まあ、女にしかできぬ発想や、感性というものもあるからな。男が作り、与えるものだけでは、皆が皆、満足はできまい。しかし、商人か……」


 蓮は葛籠を目の前に置き直した。先ほど雪樹から突っ返された、あの葛籠である。

 蓋を開けると、蓮は中から指輪を二つ取り出した。


「これとこれ、どちらが高いか分かるか?」


 一方は金色、一方は銀色である。考えるまでもないと、雪樹は即答した。


「それはもちろん、こっちの金の指輪でしょう?」


 ところが蓮は首を横に振った。


「この銀色の指輪はな、白金という金属でできている。金よりも作るのが大変だから、その分高いんだ」

「ええ! この地味なのが、金よりも高いのですか!」


 雪樹は驚きに目を丸くする。蓮は指輪を引き上げると、新たなアクセサリーを机の上に置いた。今度はブローチだ。


「この石とこの石なら、どっちが高価だ?」


 ブローチのモチーフは、枝に止まった二匹のウグイスだった。ウグイスには緑色の宝石が多数はめ込まれていて、左側のそれは若草のように薄く、右側は深く濃い色をしている。雪樹は両方をじっくり見比べた。


「こっちの、色の薄いほうが高価だと思います! 透き通ってて綺麗だし。そっちの濃いほうは、なんだか毒々しいもの」

「ハズレだ。濃いほうの石は翠玉といって、希少価値が高い。おまえが選んだのは橄欖(かんらん)石だ。庶民の小遣いで買える」

「ええー……」


 ガクッと肩を落とした雪樹を、蓮は冷たい目で白々見下ろした。


「おまえみたいなボンクラが、金を稼げる商人になりたいなどと、よくもぬけぬけと言えたもんだな」

「うっ……。これからですよ! これから!」


 そう言い訳しながらも、己に刺さる蓮の視線が痛くて、雪樹はそそくさと話題を変えた。


「蓮様はさすが、目が肥えていらっしゃいますね」

「興味を持って見ているか、見ていないかの差だろう。男のくせにと言われるかもしれないが、俺は美しいものが好きだ」

「はい、存じています」


 それは生きものの躍動する姿だったり、植物の凛とした佇まいだったり。あるいは人が苦労を重ねて作り上げた芸術品だったり。

 蓮は昔から感受性が豊かで、万物から美を見出す。そしてそれを評価する才能にも長けている。いわゆる「見る目がある」というやつだ。

 鈍感でガサツな雪樹は、自分にはない感覚を持った蓮が羨ましかったし、尊敬もしていた。

 確か蓮は鑑賞するだけでなく、自ら書や絵を描いたり、楽器を演奏したりといったことも得意だったはずだ。最近はとんと見なくなってしまったが――。


 ――お忙しいのかな? また蓮様の作品を見てみたい……。


「俺は、優等生のおまえならば、てっきり父親の手助けをしたいとでも言うと思った。三人いるおまえの兄貴たちは、皆そうしているんだろう?」


 指輪やブローチを無造作にしまいながら、蓮はたいして興味もなさそうに尋ねた。


「――父は私に、期待などしていないのです」


 雪樹の声色が変わる。暗く、沈んだ――。

 蓮は雪樹の顔をまじまじと眺めた。


「私だって、父の力になりたいと思っていました」


 雪樹の上の兄たちは成人後、長兄は議会へ入り、次兄は国の重要機関に勤め始め、次々兄は軍人となった。どれもこれも最高議会議長である父・芭蕉を助けるためだ。そんな兄たちを見て、雪樹も早く父の役に立ちたいと思った。だから懸命に学力を鍛え、その成績は兄たちを凌ぐものとなったのだ。

 だが、雪樹が義務教育を修め終わると、芭蕉は娘の努力を労いながらも言ったのだ。


『よく頑張ったね。でも勉強はもういいから、これからは可愛いお嫁さんになるために、家事の腕を磨きなさい』


 父は雪樹の手助けなど、全く必要としていなかった。褒めてはくれても、頼りになどされてはいなかった。

 将来の目標を、ほかならぬ芭蕉に砕かれてしまい、雪樹の目の前は真っ暗になった。

 親の言うとおり花嫁修業でもしていればいいのだろうか。そう思いかけたが、今までの努力を無にしてしまうのが悔しかった。

 それに――。芭蕉は娘には何もできることはないと決めつけているようだが、果たして本当にそうなのか?

 自分は本当に役立たずなのか?

 それは雪樹が父に抱いた、初めての疑問と反抗心だった。

 その後雪樹は、親に言われたとおりに家事や礼儀作法その他を学びながらも、今まで以上に学問に没頭した。その結果、国内一の学府へ入所を許可されるまでに至ったのだ。


「父は私を、厄介でわがままな娘だと思っているでしょう。父は私を愛してくれているのに、私は父の言うことを聞かないから」


 首をすくめ、雪樹は冗談めかす。自慢の父を語るときに、胸に痛みが走るようになったのは、いつからだったろう。


「檻、だな」


 箱の中の華やかな宝飾品に影が差し、完全に見えなくなる。葛籠にゆっくり蓋をして、蓮はぽつりと言った。


「檻……?」



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