第四十九話 大いなる魂闘の果てに
空心はハッとすると、視線をラピスへと転じた。
「何を
嘘ではないだろう。
ラピスの言動には動揺している節が見られなかった。
それにラピスはこんな危機的状況で嘘をつくような人物ではない。
人柄が窺えるような付き合いはまったくなかったが、天幕の中のやり取りでラピス・メディチエールという少女の一旦はよくわかった。
商人という自分の職業に誰よりも誇りと自信を持っている。
そのような人物は現代日本で大勢見てきた。
少なくともそういう人物は他人を傷つけるような嘘は言わない。
もちろん、生死が懸かった状況で
だとしたら、ラピスに賭けてみる価値はある。
「オン・アビラウンケン・ソワカッ!」
空心は大日如来の真言を唱え、全身に黄金色の気をまとわせた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――ッ!
すべてを弾き飛ばす竜巻さながらの圧倒的な力の
その渦は空心の周囲に留まらず、ドラゴンと同じ十メートルは螺旋を描きながら大きくなっていく。
一方、レジスタンスのメンバーたちやクレスト聖騎士団たちは果敢にドラゴンを攻撃して足止めをしてくれている。
それでもドラゴンを倒すには至らない。
むしろドラゴンは手傷を負わされたことと、餌として認識していた人間たちが一気に襲い掛かってきたことに苛立ちが頂点を迎えたのだろう。
ドラゴンは蝙蝠のような二枚の翼を羽ばたかせ、天高く飛翔していく。
空心を始め、全員が顔を上に向ける。
一体、何をするつもりなのか?
そんな全員の疑問はすぐに解消された。
ドラゴンは二十メートルぐらいの位置で停止すると、翼を羽ばたかせながら口を開けた。
(――いけないッ!)
空心はドラゴンが何をするつもりなのかわかった。
口を大きく開けたドラゴンの口内に小さな炎が点り、その炎は徐々にすべてを焼き尽くす灼熱の炎へと変化していく。
ドラゴンは空中から火炎の吐息を吐き出すつもりだ。
空心は舌打ちした。
あの高さでは火天を現出させても力が届かない。
火天の炎を操れる力の距離は半径十メートル以内だからだ。
ならば、と空心は韋駄天の真言を唱えた。
「オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカッ!」
五秒もかからずに十数メートル前方まで移動する。
もちろん、途中に落ちていた錫杖を拾うのも忘れない。
ドラゴンの背中を目視できる位置まで移動すると、空心は大きく両足を広げて腰を落とす。
続いて両手で錫杖を持ち、石突きの部分を地面に突き刺した。
シャリンッ、と澄んだ音色が周囲に鳴り響く。
やがて空心は光明真言を唱えることに集中する。
「オン・アボキャ――」
空心は一言ずつ、それでいて力強く光明真言を唱え始める。
キイイイン……
錫杖の先端のさらにに黄金色の光が凝縮され、鼓膜を震わせる高音とともに大気が振動する。
「ベイロシャノウ――」
キイイイイイイイイン…………
「マカボダラ・マニ――」
キイイイイイイイイイイイイイン…………
「ハンドマ・ジンバラ――」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン…………
「ハラバリタヤ――」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン――――ッ!
それは視える者にとっては小型の太陽を思わせただろう。
事実、感覚器官を強化させる力を得た者たちは空心を見て驚愕している。
だが、今の空心は全神経を力の圧縮に注いでいた。
二百体の魔物を倒したときは豪雨のように使用したが、あのドラゴンを倒すには弱点を一点集中して攻撃しなくてはならない。
空心はドラゴンの後方に回り込んだことで、背中の模様が視界に入っている。
もともと視力は両目とも二・〇だったが、この排気ガスに汚染されていない異世界に来たことで身体能力や感覚器官もかなり向上していた。
なので空心には上空にいるドラゴンの模様もはっきりと見えている。
そして――。
「――ウンッ!」
最後の「
太陽を思わせる光弾の塊が、眩い光の奔流となってドラゴンへ向かって飛んでいく。
その光弾の塊は模様の一部に直撃――オアシス全体に巨大な爆発音と爆風が吹き荒れる。
このとき、オアシスにいた全員がその光景を目にした。
グオオオオオオオオオオオオオオオ…………
耳障りな呻き声を上げながら、地上へと落下してくるドラゴンの姿を。
ドオオオオオオオオンッ!
数秒後、ドラゴンの巨体は地面に激突した。
強震のように大地が大きく揺れ、大量の土煙が舞い上がる。
ほどしばらくして、オアシスに不気味なほどの静寂が訪れた。
地面に倒れているドラゴンはピクリとも動かない。
背中の傷口から大量の血が流れ、周囲には大小無数の肉片が散らばっている。
誰の目にも明らかだった。
ドラゴンは完全に死んでいた。
「おおお……」
やがて誰かが小さな声を発した。
「おおおおおお……」
すると一人、また一人と呼応するように声が広がっていく。
「「「「「「おおおおおおおおおおおお――――ッ!」」」」」」
波紋のように広がった声は、オアシスにいた者たちの歓喜の雄叫びだった。
神話級の魔物であるドラゴンを倒せた喜び。
そして、そのドラゴンを倒した神の御使いに対する敬意。
すべてが合わさった声を、空心は全身で受け止めていたときだ。
空心の脳内でおりんの音が鳴り響き、無機質な声が聞こえてきた。
『長峰空心の
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