第三十三話  大商会の次期当主候補

「あ~あ、かなわんな。何でこんなド辺境な国で商売せなアカンねん」


 木材の骨組みに布を張っただけの天幕の中、その少女は盛大に愚痴をこぼした。


 年齢は今年で十四歳になる。


 身長は同年代の少女よりも低く、百四十センチほどしかない。


 髪は辺境地域では珍しい薄緑色で、両サイドで結んで垂らしている。


 顔立ちは猫のような愛嬌があり、着ている衣服はヤマト国の人間が着用している和服だった。


 和服を着ているのは、単なる趣味ではない。


 彼女自身が吟味した結果、機能性や通気性の観点から着用しているものだ。


 ラピス・メディチエール。


 レムリア大陸でも有数の大商会――〈メディチエール商会〉の次期当主候補の一人であり、序列第四位という地位にいる少女だ。


 そんなラピスは名門商会の次期当主候補とはいえ、お嬢さまとは言いがたい。


 特に今はひどかった。


 ラピスは常に用意している揺り椅子に座って、テーブルの上にだらしなく両足を放り出しているのだ。


 まるで酒場で息巻いている、中年冒険者と比べて遜色のない態度である。


「ラピスさん、そのようなはしたない真似はおやめなさい。それにこれから大事な取引相手が来るのでしょう? でしたらメディチエール家の者として相応しい態度を取らなくては、ご当主さまの顔に泥を塗りますよ」


 ラピスの後方に佇んでいる女性が忠告する。


 彼女の名前はユーシア。


 年齢は二十代半ばで、肩まで伸びた栗色の髪を奇麗に切り揃えている。


 顔立ちは驚くほど整っており、凛とした印象がある美女である。


 体型は細身のように見えるが、それは彼女が着痩せするタイプなだけだ。


 ラピスは今回の旅でよくわかった。


 ユーシアの着ている純白と青を基調にした聖服の下には、生半可な精神では鍛え上げられない鋼の肉体が存在していることを。


「ユーシアはんは相変わらず厳しいのう。せっかく聖都から離れたんやで。もっと気楽にしてもええんちゃう?」


 ラピスが背もたれに背中を預けながら、後ろにいるユーシアに顔を向ける。


 目が合ったユーシアは無表情のまま口を開く。


「そのようなことはできません。今回のわたしたちの目的は、あなたが聖都に帰るまで警護することです。気を休めている暇などありません」


 相変わらずの返答だった。


 子供の頃から姉のように慕っているユーシアだが、この堅苦しさだけは一向に抜けない。


 いや、こんな堅苦しい性格の人間だからクレスト聖教を信じているのか。


 そしてクレスト聖教会の総本山を思い浮かべると、必然的に聖都にある実家を思い出してしまう。


「アカン……マジで帰りたなってきたわ」


 ラピスの実家である〈メディチエール商会〉の本部は、レムリア大陸のほぼ中央にある、ヴェルリナ神聖国にある。


 そしてヴェルリナ神聖国は、世界宗教とも呼ばれているクレスト聖教会の総本山がある場所だ。


 なので昔から〈メディチエール商会〉とクレスト聖教会は蜜月の仲だった。


 クレスト聖教会で必要な物資や調度品などの調達はすべて〈メディチエール商会〉が取り仕切っているからだ。


 では、ラピスたち〈メディチエール商会〉の人間はクレスト聖教徒なのか?


 答えは否だ。


 ラピス自身もそうだが、基本的に〈メディチエール商会〉の中枢にいる人間たちは宗教など信じない。


 商人が信じるのは神ではなく〝金〟である。


 特にラピスの父親であるゴーマ・メディチエールは、金儲けの権化とも言うべき人間だった。


 そんなゴーマが当主の座についている〈メディチエール商会〉には、初代当主が掲げた五つの商訓というものがある。


 一、「時は金なり、信用は命なり」


 二、「富を巡らせる者が覇者となる」


 三、「取引は慎重に、だが好機は見逃すな」


 四、「三度の得よりも一度の損を恐れよ」


 五、「商いに情を持つな、されど義は忘れるな」


 この五つの商訓を守りながら商売を続けたことで、〈メディチエール商会〉は今や大陸でも有数の大商会へと発展したのだ。


 しかし、ゴーマの野望は大陸でも有数の商会になることではなかった。


 ゴーマの真の野望は、このレムリア大陸の商売すべてを〈メディチエール商会〉が取り仕切ることだ。


 そのため、ゴーマは商いの傍ら子作りに励んだ。


 販路を広げるためには信頼のおける人間を現場に送らなくてはならない。


 だが、赤の他人の場合はどんなに信頼しても裏切られる可能性がある。


 それならば、まだ自分と血の繋がりがある人間に任せたほうが裏切る可能性は低いだろう。


 という打算的な思考から、ゴーマは多くの子を作って幼少から商いのイロハを叩き込んだ。


 ラピスもその商いのイロハを叩き込まれた一人であり、商才を見出されたことで他の兄妹よりも将来を期待をされていた。


 とはいえ、ゴーマの期待は親愛という形で与えられるものではない。


 それは試練という名で与えられた。


 ほんの一月前、ラピスはゴーマの執務室に呼び出されてこう告げられた。


「ええか、ラピス。〈メディチエール商会〉の次期当主になりたいのなら、今や人外魔境と化しているセレスティア王国で一旗揚げてこい。そんで魔族と名乗っている連中と戦っているレジスタンスたちに金と物資を貸して革命を成功に導くんや。そうすれば魔族から特権を与えられて商売をしている〈バルハザン商会〉の顔を潰すことができ、なおかつ今後のセレスティア王国の販路はすべて〈メディチエール商会〉が掌握できる。必然的にマリーシア公国ともこちらが有利な商売をすることができて一石三鳥や」


 ラピスは当然ながら反論した。


「ちょう待ってや、親父おとん。セレスティアのことはうちもよう知っとるけど、魔法なんちゅうけったいな力を持った魔族どもをレジスタンスの連中が倒せるはずない。そんな連中に金と物資を貸したところで金をドブに捨てるようなもんやで。そもそも、親父は何でレジスタンス側に加担しようと思ったんや? まだ〈バルハザン商会〉を出し抜いて魔族と商いしたほうが儲けられるんとちゃう?」


 ゴーマはあっさりと言い返した。


「そんなもんは商人としてのワシの勘や。せやけど、その勘が大声で告げとるんや。魔族よりもレジスタンスに加担したほうが儲けられるとな。それにあそこの貴族とは昔に取引したこともあったさかい、メディチエールの名前のほうが商売はしやすいこともあるけどな。まあ、それも含めてお前に任せるわ……そういうわけで、明日にでもお前は隊商を連れてセレスティア王国へ行きさらせ。レジスタンスと商売する金と物資はで用意したる。ただし、損するのだけは絶対に許さん。もしも損失を出したらお前とはもう親でもなければ子でもない。お前を人買いに売って損失を取り戻す。それだけのこっちゃ」


 そんなこんなでラピスは、セレスティア王国へと来る羽目になったのだった。

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