第十一話   侵略された国の末路

(あの人たちがこの国の本当の国民?)


 空心は事情がわからず眉間に深くしわを寄せる。


 一方のマリアは怒りを堪えた表情で言葉を続けた。


「ここまでの道中にも少しお話しましたが、このセレスティア王国は数か月前に隣国のマリーシアから現れた魔法使いと傭兵団によって蹂躙されました。王族や各地の貴族たちの大多数は殺され、その地位に成り代わったのが今の魔族たちです」


 空心はうなずいた。


 そこまでは道中に聞いたことだ。


「そして国の中枢に根を生やした魔族どもは、元々いたセレスティアの国民たちを浮浪者や奴隷身分に落とし、代わりにマリーシアが持て余していた難民たちを根こそぎ受け入れたのです」


「難民たち?」


「話せば長くなるので割愛しますが、魔族どもは元国王が拒否していた難民たちをすべて受け入れ、しかもその難民たちに恩赦や金銭を与えて新生セレスティア国民としたのです。そのせいで元々いたセレスティアの国民たちは地獄を見ています」


 マリアは怒りで奥歯を軋ませる。


 空心は胸に鈍い痛みを感じた。


 元セレスティア国民と思しき子供たちは路地裏近くで物乞いをしているのだが、通りを歩いている人間たちは無視をするかせせら笑っている。


 このとき、空心は目に見えている光景を現代日本に置き換えてみた。


 たとえば東京の主要な通りを歩いているのはすべて外国人で、路地裏にいる浮浪者や物乞いが日本人で溢れ返っていたらどうだろう。


 しかも通りに構えている店はすべて外国人オーナーと外国人スタッフたちで経営され、その店で食事や買い物をしている人間もすべて外国人だったとしたら――。


 それは間違いなく日本が滅び、どこかの国の植民地になったことを意味する。


 だが、目の前の光景はそんな仮定の日本が現実として存在していることの証明だった。


 空心は日本人だったので西洋人の細かな違いが判別できないだけで、マリアからすると元セレスティア国民と新生セレスティア国民はまったく人種が違うように見えているに違いない。


 などと考えていると、空心はふと疑問に思った。


「マリアさん、あなたは元セレスティア国民なのでしょう? それでも浮浪者や奴隷身分に落ちていないのはどうしてですか?」


「それは私が表向き冒険者として活動しているからです」


 冒険者。


 道中でも聞いたことなのだが、この異世界には冒険者という職業がある。


 最初は冒険と名がついていることから、現代日本にも存在している登山家や探検家を思い浮かべたものの、詳しく聞くとまったく異なる仕事だった。


 ダンジョンと呼ばれる魔物が生息する地下世界へ赴いたり、希少な鉱物や薬草などがある危険地帯へ個人や仲間たちと採取しに行くのが冒険者らしい。


 そして、そんな冒険者は常に死と隣り合わせで生きている。


 だから冒険者になる者は新生セレスティア国民でもほとんどおらず、この職業に限っては元セレスティア国民でも本人の実力と許可証させ入手すれば平民として扱われるというのだ。


「それで、冒険者ギルドというのはどこにあるのでしょう?」


 空心が尋ねると、マリアは「もうすぐです」と微笑む。


 直後、空心の腹が「ぐううう」と鳴る。


「こ、これはお恥ずかしい」


 空心は顔を赤らめた。


 エルデン村でなけなしの干し肉を分けてもらったが、村人の今後のことも考えて二口ほどで食べてしまう量だけをもらった。


 だが、さすがにそれだけの量だと腹の虫を黙らせるのは無理だったようだ。


「神の御使いさまも普通の人間のようにお腹がすくんですね」


 マリアは子供らしい屈託のない笑みを浮かべる。


「ご安心ください。冒険者ギルドには食事もできる酒場が併設されています。ひとまず、ギルドに着いたら食事にしましょう。もちろん、お金のことは心配しないでください。わたしがすべて払いますから」


「それは駄目です。私もきちんと支払います」


「どうやってですか? クウシンさまはこの国のお金なんて持っていないのでは?」


 空心は図星を突かれ、罰の悪そうに顔を下に向けた。


 マリアの言うとおり、今の空心は無一文である。


 ならば何か代金の代わりになるものはないかと思ったが、あいにくと金目の物は着ている衣服と錫杖以外になかった。


 とはいえ、さすがにこの二つは金に換えられない。


「本当にお金の心配は無用ですよ。その代わり、ぜひともお願いします。わたしたち【反逆の風】に力を貸してください」


 などと会話をしていたら、件の冒険者ギルドの建物の前に到着した。


「これは……」


 冒険者ギルドの外観は、一言で表すとキリスト教の教会である。


 十字架こそどこにも見当たらなかったが、全体的に「山」の字のような外観はキリスト教の教会を想起させる造りだった。


「さあ、中へ入りましょう。ここのギルドマスターやスタッフもそうですが、副ギルドマスターはわたしと同じ年の女の子で名前は――」


 マリアの言葉は最後まで紡がれなかった。


 なぜなら正面の観音式だった扉が勢いよく開き、中から一人の男性が吹き飛んできたからだ。


 すぐさまマリアは真横に跳んだ。


 ほぼ無意識の動きだったのだろう。


 まるで猫のような俊敏性だった。


 一方、空心はぐっと腰を落とした。


 避けることも十分に可能だったが、真正面に飛んできた男性をがっしりと受け止める。


「ど、どうしました?」


 空心の問いに男性は応えなかった。


 無視をしたわけではない。


 誰かに殴られたのだろう。


 顔はアザだらけで、「ううう」と苦痛の声を漏らしている。


「マーカスさん!」


 マリアが男性――マーカスに駆け寄って声をかける。


「マリアさんのお知合いですか?」


「このギルドのスタッフの一人です。ひどい、誰がこんなことを……」


「どうやら、あの男が原因のようですね」


 空心はマーカスをそっと地面に寝かせると、開きっぱなしだった扉の隙間から冒険者ギルドの内部の様子を窺った。


「オラオラッ、早く酒を持ってこい! 俺さまを誰だと思っていやがる!」


 空心の見つめる先には、二メートル近い大男が叫んでいる姿があった。

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