第16話──改ざんされた遺書と、静かに壊れる記憶

地下の会合所。

集会が終わった後、ユリは残っていた。

古びた木製テーブルの上、誰かが忘れていった“未開封の遺書”が一通──それは、先週、失踪した火曜会主催者の席に置かれていたものと酷似していた。


だが、ユリは違和感に気づいた。

以前に見た時と、封の折り目が微妙にずれていたのだ。


「……開けられて、閉じ直されてる」


彼女はそっと封を開き、中を読んだ。

しかし内容は、あまりにも“主催者らしくない”。


《すまない、あの日あの子を庇ったのは嘘だ。

 本当は、私は見て見ぬふりをしただけだった。

 だから、次は君が決めてくれ──“火をどこへ向けるか”を》


言葉に温度がなかった。

主催者のものと思えない機械的な調子。

何より、“あの子”とは誰かが書かれていない。


だが、ユリはその筆跡に既視感を覚えた。

記憶の底に沈む、黒板に書かれたある「謝罪文」。

10年前、小学校の教室で──一人の教師が、生徒の死について書いたものだった。


そして、それが「自分の母の筆跡と似ていた」ことを、ユリはこの瞬間思い出してしまった。


そのとき、突然照明がチカッと瞬いた。

誰かが地下室に降りてきた気配。

暗がりから現れたのは、映像修復をしていたソウタだった。


「なぁ、今さらだけどさ……お前、前に言ってたよな。火曜会って“記憶を整理する場所”だって。

でも、それ誰が言い出したのか覚えてるか?」


ユリは答えられなかった。

それは、いつの間にかそう信じ込まされていた言葉だった。

誰が最初に言ったのか──本当に“自分の意思”だったのか。


「おれも昔、“遺書”を書かされたんだ。病室で目を覚ましたら、手元に紙があってさ。

自分の字なのに、まるで書いた記憶がなかった」


ソウタは震える手で、赤茶けた紙を取り出す。

それは“火曜会形式”で書かれた遺書の一枚。

だがそこには、あるはずの署名がなかった。


《誰が嘘をついているか? それを疑う者ほど、もう真実を見ていない。》


「なぁ、ユリ……もし“七番目の席”のやつが、俺たちの記憶すら書き換えてたらさ……

もしかして、もう俺たちの中に、本物なんていないんじゃないか?」


ユリは喉の奥が詰まるのを感じた。

遺書の意味が、嘘か本当か──もう誰も分からない。

この“集会”そのものが、誰かの手によって設計され、誰かの感情を燃やす燃料にされているのかもしれない。


照明が、再びチカリと揺れた。


──誰かが、この場に“別の記憶”を差し込もうとしている。

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