台北・中山通り 古着と夢と
@sognare
第1話
第一話 はじまりの風
台北松山空港に降り立ったのは、午後三時を少し過ぎた頃だった。湿り気を帯びた南国の空気が肌にまとわりつき、遠くでバイクのクラクションが鳴っていた。
飯田信一は、キャリーケースと黒い布袋を手に、しばらく到着ロビーのガラス越しに広がる街の風景を眺めていた。
「ここから始まるんだな……」
東京の古着店を閉じ、人生をリセットするように飛び込んできた台湾。香港や韓国とも迷ったが、「なんとなく肌が合いそう」と感じたのが台湾だった。
最初に向かったのは、滞在先として手配してあった中山区のホテル。
古びたビジネスホテルの部屋には、ベッドと簡易机、そして窓の外にはぎっしりと詰まったビル群。彼はスーツケースを置いて、ゆっくりと腰を下ろした。
「さあ、ここから物件探しだな……」
最初の数日は、台北の街を歩き回る毎日だった。
気になる建物があれば写真を撮り、内装の雰囲気をメモに書き起こし、ローカルな不動産屋にも飛び込みで話を聞いた。
言葉はほとんどわからなかった。身振り手振りと翻訳アプリ、そしてなにより、たまたま出会った一人の女性——李さんが、彼の心強い味方になってくれた。
「あなた、日本人ですか?古着屋やりたいの?」
そう話しかけてくれたのが始まりだった。
李さんは、日本人と台湾人のハーフで、日本語が堪能だった。彼女は親身になって物件探しに付き合ってくれただけでなく、彼の夢に本気で耳を傾けてくれた。
そして数週間後、ようやく見つけたのが——中山区の一角にある古い一軒家のような物件だった。
内装はボロボロ。けれど、天井の高さ、陽の入り方、そして何より「ここでなら、自分の店ができる」と感じた空気があった。
飯田はその場で決めた。
「ここにします」
その瞬間から、彼の台湾での物語が、本格的に動き始めた。
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