澱の住処ダイアリー ~三丁目のアジサイが咲く頃に~
kareakarie
第一章 濁声とプラットホーム
錆の浮いた鉄骨が、傾きかけた陽の光をまだらに切り裂いている。ここが何線の何駅なのか、
ホームには
不意に、甲高い、それでいてどこか掠れたような子供の声が響いた。
「ねえ、あの女の人、カカシみたい」
顔を上げると、いつの間にか、奇妙な二人組が立っていた。一人は、けばけばしい化粧と派手な柄物のワンピースに身を包んだ大柄な男。長い髪を無造作にまとめ、
「あらヤダ、ニナちゃん、そんなこと言っちゃダメでしょ。お姉さんに失礼よォ」
大柄な男――
「……別に」
しかし、少女――
「お姉さん、死んだ魚みたいな目をしてるね」
「……は?」
意味不明な言葉に、
「こら、ニナ。あんまり人をからかうもんじゃないわよ」
「ツラいこと?」
「まァ、だいたいそんな感じよ」
「ねえ、お姉さん」
「匂い?」
「うん。壊れちゃった匂い」
「ちょっと、ニナちゃん、そんなこと言ったら、このお姉さん、本気で怒っちゃうわよ」
「見えなくていいもの、ね」
挑発するつもりはなかったが、自然と声が低くなる。この子供の異様さの正体を見極めたいという、奇妙な衝動に駆られていた。
「影、ですか」
「馬鹿馬鹿しい」吐き捨てるように言うと、
「あら、心外だわ。アタシたちは、いつだって真剣そのものよ。ねえ、ニナちゃん?」
「お姉さん、急行列車、行っちゃったんでしょ?」
「……ええ、まあ」
「じゃあ、時間、いっぱいあるね」
「だとしても、あなたたちと過ごすつもりは毛頭ないけど」
「あら、つれないこと言わないでちょうだいよ」
「運命のイタズラ、ですか」
「あらそうなの? アタシは結構好きよ、そういうベタなやつ。だって、人生なんて所詮、誰かが書いた三文芝居みたいなものじゃない? どうせなら、面白おかしく踊ってやろうじゃないのって思うわけ」
「……次の列車まで、まだ時間はある」
なぜそんなことを口走ったのか、自分でもよく分からなかった。ただ、この二人組から目が離せないでいる自分に気づいていた。特に、あの小さな少女――
「ホント? やったぁ!」
「じゃあ、決まりね」
「なんで私が奢らなきゃいけないんですか」
「あら、年長者への敬意ってものを知らないの? ま、いいわ。今日は特別に、アタシが奢ってあげる。ただし、面白い話の一つでも聞かせてもらうわよ、お姉さんの『壊れちゃった匂い』の元になった、とびっきりのやつをね」
夕暮れのプラットホームに、錆びた車輪の軋む音が遠くから響いてきた。それは、この奇妙な出会いを祝福するファンファーレのようにも、あるいは、これから始まる何かの序章を告げる不吉な合図のようにも聞こえた。
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