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スチームパンク!とても世界観が魅力的でした。歴史には詳しくないので、どれぐらいの現実との違いがあるのかはわかりませんが、時折見覚えのある出来事が、あるいは絶対起こりえないことが起きていて歴史改変モノの楽しさがあります。
物語のテーマをどこまで理解できたかは不安ですが、広告と資本主義が現代でも切り離せない関係にある中、それを王と道化師、芸術との関係に例える風刺や発想が非常に面白かったです。全体的に陰鬱な雰囲気が漂うものの、パン屋の女将の威勢の良さなど、人間のたくましさを感じさせる場面も印象的でした。ひねくれた主人公の視点ゆえに、これを素直に希望と受け取ってよいのか一瞬迷いましたが、「実に愛おしい」は皮肉ではなそうなので、これからが良くならないかもしれない、なるかもしれない、という希望として受け取れました。難解な話にも見えますが、その解釈の幅が、最後の数行とメタ的にリンクしているように感じました。
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workという単語に「作品」という意味があり、第二次大戦後にHアレントが労働laborや活動actionとの語源的区別を強調した、というのもまた人文主義史の一幕ですね。「偉大なるローマ帝国」の末裔であることを誇りさえしたチャーチル卿のスピーチが、ラテン語の単語を散りばめた作品になっているんじゃないかと予想します。
知らんけど。
スチームパンクに舵を切ったパラレル世界観を描いた理由は何だろう、と思いました。作中に登場する為政者を義手や義足で飾り、人間(大衆?)から距離を取って配置させる演出のためなのかなあというのが推測です。
この為政者もなかなか不思議な人物で、統治階級でありながら前線に駆り出している、中世王侯然としています。ブリタニアはイアポニアより階級が色濃いとはききますが、それを肌感覚で感じるばかりで、自分の目で見たわけではないので分からない、というのが僕の恥ずかしいところですが。
ときに、ブルジョワジー、プロレタリアート、ドミナントの三種の階級が登場し、戦火に翻弄されゆくこの作品。「されこうべ」の丘のような蠱惑的な惨状と、その中で「働くおかみさん」が出てきて物語が閉じます。
貨幣論的な論点を主体とした小説である一方、「商業文芸を捨てて文学的な深み」を見つめる印象を受けました。唯一、プロットの方はもっとシンプルでいいのではないかと。
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Pzさん、ご参加ありがとうございます!
硬質さのなかに歯切れのよい、小唄のようなリズムのある文体が印象的でした。「1」では特に顕著にダッシュを用いた挿入されるような独白もそうですが、Pzさんの文体って理知的な静と同居するかたちで、動としての大衆音楽的なメロディアスさがありますね。
描写についてですが、最も基本的な情報を出してからズームするような書き方が多いですよね。描写がひとつひとつ細密なので、描写の度に文章のテンポが変わるのが、緩急のついてる感じがして楽しかったです。Pzさん作品あるあるかも知れませんが、服装の描写なんか特にすごいちゃんとしている。服は着ているひとがどんなひとかを表しますから、人物造形としての効果もあるのでしょうが、同時にリズムが一度落ち着くところとしても成り立っているんですよね。
あと、本作で気付いたことなのでPzさんの過去作と比べてどうかはまだ分かんないんですが、『蒸気的タンタロス』って意外とフィジカルな語りをしていますよね。
「合成音声のはずなのに充分に官能性を持っていることが何故か癪に障り」とか「下腹部にクル感じ」や「下腹部に滾る感情を得る」とかもそうですが、「4」の最後が「顔が引きつり、泣きながら笑っていた。」で、「6」の最後が「トーストサンドイッチを食べながら、僕の頬を泪が伝っていった。」で〆られているんですよね。興奮と泣くことがセットで出てくる。「胸の肉一ポンドどころか四肢を持って行かれ、体中にワイヤが張られ」た存在であるグラッデンマウント伯の視点をわざわざ1エピソード分入れていらっしゃることもそうですが、やっぱりフィジカルな語りは本作で大きな位置を占めているように思われるのですよね。
それは自動人形という存在と人間という存在の対比においても重要な項の一つとしてあるように思われます。例えば「人工皮膚が燃え落ち、金属骨格が露になる」という描写からは、ある種フィジカルな恐怖が反映されているように感じます。そして「生身の人間の皮膚もただれ落ちている」んですよね。
それまで頻出していた戦争や死の象徴としての「髑髏」とは対照的な、グロテスクな描写です。主人公は髑髏というモチーフを使って広告を描きますが、このモチーフは肉のついた生々しい死体そのものではなく、白骨化・デフォルメを挟んだものなんですよね。
ですが、WWⅡに当たるであろう戦争が始まってからは、髑髏のモチーフは後退します。何なら主人公によって言及される形で、モチーフとしての髑髏は否定されます。リアルタイムで起こる戦災を目にしてそんなこと言ってられなくなったという要素はあると思うのですが、同時に、フィジカルなものを取り戻したからではないかとも思うのです。
あと『蒸気的タンタロス』を読みながら付けていたメモに「『本物』のパンやバターが『御禁制』であるという世界観がさらっと何気なく出てくるのかっこいい」と呑気なこと書いていたんですが、食事というこれまたフィジカルな要素が統制されているのは、何だか象徴的なものを感じますね。タンタロスの名を冠する小説ですから、尚更に。
最終章において主人公に「この世界が、今は愛おしく感じられる」という変化が訪れますが、「8」では「1」と比べてフィジカルな体験が明るく描かれているという違いも見受けられます。「1」ではアルコールを味の描写もなく虚無に飲んでいましたが、「8」では「本物のミルクと砂糖」を入れたアールグレイについて「やはりたっぷりと入れられると、気持ちが良いな。」と感想を持つことができるようになっているんですよね。
詩を暴力的で野蛮なものとしながら、その正負の側面を等しく受け入れるくだりもまた、フィジカル読みができると思うのですよね。詩は、定義にもよりますが韻律などの耳触りと言った身体的な要素を持ちますし、時代によっては霊感や神秘という点で肉体への作用を期待されたこともあるでしょうし。
本物の肉の体や声を持たないマリーが「私は機械ですので、そもそも『詩』を理解できず、返答は不可能ですが」と自己申告するの、印象的ですよね。本当に理解しているかどうかはともかく理解したふうに論じてみる昨今のAIとはまた違いますね。Pzさんなら書こうと思えば詩を理解できるタイプのロボットも書けると思うのですよね。でも理解できるとは言わせなかったところに、意味がありそうです。
こうしてつらつらと感想というか読みみたいなものを書き連ねてはきましたが、まだまだ噛めば味がしそうなのですよね。スルメに喩えるならまだ最初の一噛みした時点な気がします。
余談。初読のときから毎回そこで「おおー」ってなるのですが「6」の静かな盛り上がりがやっぱりかっこよくて好きです。あと「2」の終わりの飛空艦が飛び立っていくところも映像として強くて好きです。
素敵な作品をありがとうございました!