第76話

またもや社長に呼び出されたんだが?!

流石に今回は配信参加ではなかったけど、連日呼び出しすぎだろ?

行かないという選択肢もあるけど、行かなかったら何するかわかんねぇからなあの社長。


呼び出された内容だがどうやら新たに6期生のライバーをデビューさせるために立ち絵の製作を1からしてほしいとのこと。勿論受けさせてもらった。

つまり凪に妹か弟が出来るってわけ!


なお、6期生については事務所で公開するまで秘匿とのこと。事務所のライバーにも言っちゃダメらしい。普通は前もってライバーにも知らせると思うけど、うっかり配信のネタとして話したりする可能性もあるからという理由らしい。

が、ぶっちゃけるならみんなに秘密にして新しいライバーが仲間になるよ!ってするのが社長は好きらしい。個人的な感情丸出しじゃん……。


そしてさらにお願い、というか事後承諾になるのか?

なぜかRT3事務所に俺宛の案件が来ていてそれを社長が勝手にOKを出していたらしい。いや、どういうことだよ!100歩ゆずって事務所に案件が来るのはいいが、なんで俺に何の連絡もなく案件をOKしてるんだよ!色々と突っ込みたいところだらけすぎる。


ちなみに案件は1週間分あるらしく、1日ごとに別の案件をしなくてはならないらしい、そして案件には俺だけじゃなく、RT3のライバーとコラボという形で配信をするそうだ。これも1日ごとに別のライバーとという形だ。


社長のことだから自分のところのライバーに案件が来たと思い無条件でOK出して、あとから俺に来た案件だったと気付いたとかそういう感じな気がしてきたな。


受けてしまったものは仕方ないので案件配信はやることにした。社長のやらかし具合が本当に半端ないのでひとまず俺は事務所近くの喫茶店で一息つくことにした。


静かな窓際の席でアイスコーヒーを啜っていると、カラン、とドアのベルの音が鳴った。

顔を上げると、黒いロングコートを翻しながら入ってくる一人の人物。

そう、チェイン・ザ・アンチェインだった。


「運命は導かれし者のもとに集う」


そんな決め台詞みたいな言葉を口にしながら、ゆっくりと俺の方へ歩いてくる。

そして、俺のテーブルの前に立つと目を細めてこう言った。


「空虚なる隣、我が守護神となりて」


何を言ってるのかさっぱりわかんねぇ……。空虚なる隣ってことは席が空いてるってことか?


「俺に相席を求めてるのか?」


「深淵は孤独を嫌う。だが、同じ影を背負う者となら語り合える」


要するに隣座っていいですかってことか?

俺は軽くため息をつき、グラスを置いた。


「まぁ、いいけど……どうぞ」


チェインは満足そうに頷き、静かに椅子を引いて腰を下ろした。

その仕草だけ見るとやけに様になっているが、出てくる言葉はやっぱり中二病全開だ。配信だけじゃなく日常生活までこれってやばいな。


「ここは心のオアシス。この世界に疲れた旅人の安らぎ」


「ただの休憩だよ」


「ふっ、一杯の闇は魂を救う」


……あ、コーヒーのことか、闇っていうからわかんなくなるな。


チェインは店員を呼びつける。


「虚無の水を我に」


店員は頭に???とはてなを浮かべる。やっぱり通じてないじゃないか。というかさっきは闇だったのに虚無の水になってるのはなんなんだ?

仕方ないので代わりに注文をする。


「店員さん、アイスコーヒー追加で」


「神の祝福」


「多分感謝の言葉を言ってるんだろうけど、普通に言えばいいんだって」


しばらく沈黙が続く。店内のジャズが静かに流れる中、チェインは注文したアイスコーヒーを一口飲み、瞳を細めて呟いた。


「……深淵に滴る黒き祝福。我が喉を潤す」


「それコーヒーだからな。店員さんに伝わらないから俺がフォローする羽目になるんだぞ」


「影を解す役目を担う者も必要……それがお前だ」


「妙な役割背負わせるな」


俺は肩を竦めながら、グラスの氷をカランと鳴らす。

こうして並んで座ってると、まるでただの友人同士にしか見えないのに、いや、8月の夏の時期に黒のロングコート着てるやつがただの友人は言いすぎだな……そして口を開けば中二病。落差が激しすぎる。

俺は呆れながらも、少し笑ってしまった。

そこでふと俺はチェインに話を振ってみた。


そしてこれがまずかった。


「なぁチェイン……お前、普通の言葉で喋れないのか?」


俺がそう言った瞬間、チェインはピタリと動きを止めた。

氷が溶けてグラスの中で小さく音を立てる。沈黙が数秒続く。


「……普通の、言葉?」


視線を宙に彷徨わせ、まるで何かを考えるように口をつぐむ。

その沈黙に俺が思わずやっぱ無理かと思った瞬間。


「いやいやいやいやできますよ!?普通の言葉くらい!ただですね、俺がこういう話し方をしているのには色々と事情がありましてね、最初はちょっとしたキャラ付けのつもりで始めたんですけど、気づいたらファンの方々がチェインといえばこの喋り方みたいな空気になってしまって、そこから引っ込みがつかなくなったんですよ!で、いざ事務所でもプライベートでもやってたらもう癖になっちゃって、逆に普通の喋り方をするとあれ、今日のチェインさん元気ないですか?って心配されたりするわけです。で、そこで無理に普通にすると逆に不自然になるし、だったらもうキャラ通すしかないって判断して、今に至るわけでして……いやほんと大変なんですよ、配信外でもこれやってるとめちゃくちゃ浮くんですけど、でもやめられないんですよ、何故ならば私自身がすでにこの言葉に縛られているから!ほら、そういうことってあるじゃないですか、髪色を変えたら元に戻せなくなるとか、メガネを外すと誰?って言われるとかそういうやつ!しかもこの喋り方してると、なんとなく雰囲気出るし、私自身も少し気持ちが強く持てるんですよ!中二病って言われたらそれまでですけど、言葉に酔うことで自分を奮い立たせるというか、自己暗示みたいなものなんですよ!だって人間って結局、言葉に縛られて生きてると思うんです!ほら社会だってマナーだのルールだの言葉の網で縛ってるじゃないですか!だから私は言葉の檻に自ら入り込むことで強さを得ているというか、いや檻じゃないな、殻か?いやいやもっと格好よく言うなら聖域ですよ聖域!あ、先日も言いましたけど秘密基地って子供にとって聖域みたいなものなんです!つまり言葉は秘密基地!守る場所であり、隠れる場所であり、同時に自分を誇示する場所でもある!だから私はこの喋り方を選んだんですよ、決して奇をてらっているわけではなく、己の存在を確立するための術なんです!――って、あ、すみませんね、つい熱くなってしまって……あれ、まだ聞きます?大丈夫です?この後もまだありますけど?」


……一気にここまで喋った。

店内のBGMすらかき消す勢いでマシンガントークを叩き込まれて、俺はグラスを持った手を止めたまま固まっていた。


「……いや、普通に喋れるどころか、喋りすぎだろ」


俺が呆れ混じりに言ったが、チェインはまだ止まらなかった。


「いやいやいやいや、待ってください!今はほんの触りですよ!だって俺という存在を説明するには、どうしても背景から入らなきゃならないんです!ほら、よくあるじゃないですか、アニメや漫画のキャラ紹介でもただの高校生だと思っていたが実は血筋に秘密があった”とか“何気ない一言が世界を変えたとか、あれって説明が長いけど必要なんですよ!俺の場合もそうで、最初は単なる気取ったしゃべり方のやつで終わると思ってたんです。でも気づけば、ファンの方がチェイン語だとか厨二語だとかまとめ始めて、気がついたらWikiページにまで書かれて、しかも彼は現実でもこの口調であるなんて裏設定みたいに勝手に書かれてしまい、それを読んだ新規ファンが本当にこの人はこういう人なんだと信じ込む、そうするともう逃げられないんですよ!逃げようと思って普通にお疲れ様です、今日もありがとうございましたって言ったら、え?なんかチェインさん機嫌悪い?ってコメントが来る。これ地獄ですよ!だから続けざるを得ない!キャラと自分の境界線がどんどん曖昧になって、気づけば俺は俺自身でありながら、同時にチェインという架空の存在でもある!これってアイデンティティの二重構造ですよ!哲学ですよ!実存主義ですよ!サルトルならこう言います、人間は存在が本質に先立つと。つまり、俺は最初に存在したのに、本質は後から作られた!この厨二口調という後付けの本質が、今や俺の存在を縛っているんです!でもここで笑ってはいけませんよ?だって、誰だって日常で仮面を被ってるじゃないですか!会社では真面目キャラ、友人の前ではおちゃらけキャラ、家族の前では無口キャラ……結局全部仮面じゃないですか!そう考えれば、俺がこの口調を貫くのは自然なことです!むしろ俺は正直者ですよ!仮面を仮面として表に出している!堂々と演じている!それが何故悪いんですか!?いやむしろ美徳ですよ!これぞ現代社会に抗う生き方ですよ!っていうか俺、普通の言葉で話すの苦手じゃないんですよ!苦手じゃないんですけど、話そうとすると逆に止まらなくなるんですよ!ほら今もそう!普通に話そうとしたら止まらない!なぜなら今まで闇に抱かれし断罪の剣とか虚無を喰らう黒き焔とかで一言で済ませていたのを、全部説明的に言わなきゃならないから!だから話が長くなるんです!言い訳じゃないですよ!?事実ですから!いやでも待ってください、ここで俺の台詞が長文になったら意味ないじゃんって思う人もいるかもしれない。でもそれは違うんです!むしろ長文になることで、俺の頭の中の思考がどれだけ渦を巻いているか伝わるでしょう!?見せましょうよ人間の混沌を!生の思考の奔流を!言葉は魂!魂を見せるのは恥ずかしいけど、同時に最も誠実な行為でもある!だから俺はこうして喋り続けるんです!止まらないんです!いや止まれないんです!もはやこれは呪いです!でも呪いは同時に祝福でもある!だって呪いがあるからこそ私は私でいられる!――あ、ちなみにさっきの店員さんが持ってきたコーヒー、これめっちゃ苦いんですけど砂糖とかミルクとかあります?いや、できれば角砂糖をカランって音を立てながら沈めたいんですよ!あの音が好きで……あ、でも別に角砂糖じゃなくてもいいんです!スティックシュガーでも、いやむしろ粉末タイプでも構いません!なぜなら甘さは形を選ばない!ただ心を満たすのみ!あ、竜馬さんは今日もスティックシュガー5本入れたんですか!ほどほどにしないとダメですからね!健康には本当に気をつけてくださいよ!しかし甘いものは頭の回転を早めると言いますし、接種することも大事ですよね!あ、すみません、また脱線しましたね。でもこういうところが俺の悪い癖で、話し出すと脇道にそれて、それを戻そうとするとさらに別の道に逸れて、結果的に本筋がどこだったのかわからなくなるんです!でもそれって人生も一緒じゃないですか?予定通りにいかない、計画通りにいかない、でもだからこそ面白い!そう、これが深淵の真理なんです!」


……。


気づけば俺の前で、チェインは息も切らさずに数分は喋りっぱなしだった。

コーヒーに口をつける暇すらなく、ただ延々と語り続ける姿は、もはや中二病を通り越して哲学者か狂人かの境界線に立っているようにすら見えた。


「……お前さ」


俺は額に手を当ててため息をついた。


「普通に喋れるって言うけど、普通どころか誰よりもやかましいぞ」


むしろやかましくて1番最初と最後ぐらいしか覚えてられなかったぞ。


チェインはニヤリと笑い、わずかに肩を竦めて答えた。


「それが我が呪いにして宿命」


……結局戻るのかよ。

とりあえずこのマシンガントークをアンチェインモードって名付けておこう。

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