5-7

「おいおい、作戦会議は終わったかぁ?」

「えぇ、おかげさまでね」


 アリアは挑発など物ともせず自信満々に答えた。


「こいつの前では、てめぇらは虫けらに過ぎないんだよおおおお!」


 次の瞬間、ものすごい音を立てて教室の壁が粉砕された。

 シドの叫びに応じて、頭を失ったゴーレムが廊下に姿を表す。頭部がないというのにその動きには何の変化もない。

 頭を破壊してもダメとなると、……次に狙うべき場所は一つしかない。


「アリア、あいつを止めるには——」

「胴体でしょ?」

「だな、俺が援護するから胴体を破壊してくれ」

「はん! 出来るもんならやってみろやぁ!」


 ゴーレムは両腕をまっすぐに伸ばし、胴体を三六○度回転させた。

 そのスピードは徐々に早くなっていき周囲の壁を破壊し始める。そしてその状態のまま、ゴーレムはこちらまでじわじわと迫ってきた。

 凄まじい風圧。粉々になった壁の破片が凄まじい速さで飛んでくる。


「くそ、とりあえず後ろに退くぞ」

「大丈夫。それより私に三秒ちょうだい」

「三秒以内にアレの動きを止めなきゃ、お前があの壁のようになるぞ」

「私を信じなさい」

「……分かった、頼んだぞ!」


 俺はアリアの言葉を信じて詠唱を始める。許された時間は三秒。ゴーレムが動きを止めている間に懐に潜り込み、胴体部分を破壊する。失敗すればあの回転に巻き込まれて圧死するだろう。 ————詠唱が終わった。


「いけ! アリア!」

「任せなさい」

「なっ! ゴーレムが動きを止めた!?」


 ゴーレムを取り巻く時間の流れは完全に凍結した。狼狽えているシドなどには目もくれずに、アリアはただまっすぐゴーレムの胴体目指して走り出す。

 一秒経過。

 アリアはゴーレムの前にたどり着く。


「私の水魔法は『水そのもの』を操作できる」


 アリアの右手から球体状の水が生じる。大きさはだいたいサッカーボールくらい。

 二秒経過。

 一体、アリアはその水の塊を使って何をするつもりなんだ。


「切り裂け」


 三秒経過。

 ……ゴーレムの腕が動き出すことはなかった。水浸しの廊下に、真っ二つになったゴーレムが転がっている。一瞬にしてゴーレムは切断されたのだ。


「一体、何が起きたんだ」

「レンはウォータージェットって知っているかしら?」


 アリアは悠々とこちらに向かって歩いてくる。


「あの水圧で汚れを落とせるとかいう……」

「そうそれ。あれよりもっと加圧して水流のスピードを早めることで、水は金属すら切断できるみたいよ。今回はダイヤモンドより硬いとかなんとか言っていたけど、余裕でいけたわね」

「お前強すぎだろ……俺のサポートも必要なかったんじゃないか」


 わざわざ時間を止める必要もなかったのではないだろうか。 

 改めてこいつが味方でよかったと思う。こんなやつは絶対に敵にしたくない。


「そんなことないわ。この使い方は実戦向きじゃないのよ。かなりの集中力がいるからほかのことは出来なくなるし、敵が動いている中で使うのはなかなか難しいの。それなりに魔法力も消費するし」

 

 どんな強力な魔法にも弱点がある。それはあらゆる魔法に当てはまることだ。

 俺の時間断絶魔法だって一日の使用限度がある。今までの最高は九回。今日だってもう八回も使用しているので何だかんだ言って限界が近かった。


「まぁ、何にせよ。これで終わりか。————シド、覚悟しろよ」

「ふははははは! バカが! 何終わった気になってやがる!」

「状況がわからないのか?」

「分かってねーのはてめぇだ! ゴーレムは生贄の魔法力が尽きない限りは何度でも復活するんだよ!」

「なっ!?」


 真っ二つになったゴーレムを見ると、切断された部分が徐々に再生していた。

 そして何よりも恐ろしいのは、切断されたそれぞれの断面が別々に再生しているということだった。


「ほんと間抜けだなてめーら! ゴーレムは真っ二つにすりゃーその数をどんどん増やしていくんだぜ! ゴーレムの魔法力が尽きるのが先か、てめーらの魔法力が尽きるかの我慢比べだ! もっとも、あんな強力な魔法をバンバン使っているお前たちには、はなから勝ち目なんてねーと思うけどなぁ!」


 一体だったゴーレムが二体へと増殖した。一体なら余裕で倒すことができたが二体ともなると…………。

 これがゴーレムの力なのか。俺もアリアも相手を見くびっていたのかもしれない。


「レン、ごめん。これは私の責任だわ。ゴーレムにこんな能力があること知らなかった。完全に勉強不足」

「責任とか言っている場合じゃないだろ。今は目の前のこいつらをどうするかだ」

「聞くけど、あと何回くらい時間断絶の魔法を使えそう?」

「……今までの限界からするとあと一回だな」

「これは大ピンチね。どうする? 逃げるのも手だと思うけど」

「………………」


 ここであの男を放置して逃げる?

 確かに、そうすれば俺たちは助かるだろう。それにミア達だってもう逃げる準備はできているのだ。ならば当初の目的はすでに達成している。

 しかし、この男をのうのうと生かしておいて良いのか? 

 こいつらは罪のない教師達を皆殺しにした。純粋無垢な少女達の身体を穢した。未来ある少女の命を奪いこんな化け物まで創り出した。

 許されるはずがない。いや、絶対に許してはいけないんだ。

 

 考えろ。こいつらを殺す手段を。俺にできることは何だ。

 肉体強化、怪我の治癒、刻を止める、動作や魔法力を未来に送る……違う、もっと抽象的に考えろ。可能性を狭めるな。

 光のエネルギー、闇の時間断絶——————そうか。

 もしかしたら……これならいけるかもしれない。


「逃げない。こいつだけは生かしておけない」

「それは感情論? それともなにか勝算はあるの?」

「勝算はある」

「もちろん五割は超えているんでしょうね」

「まぁ、ちょうど五割って感じだな」

「命をかけるには最低ラインね。……ただ、信じるわ。こういう時に仲間を信じられなきゃ、たぶんこの先やっていけないだろうから」

「ありがとう」


 すでに三分は過ぎている。最初の期待には答えることができなかった。

 それならここで取り返す必要がある。これまで何のためにトレーニングをしてきたと思っている。こういう逆境を跳ね除けるために努力を積み重ねてきたんだ。


「さーて、てめぇらをどうやって殺してやろうかなぁ。楽には殺させねぇから」

「……最後に聞かせてくれ」

「なんだ『どうしたら僕たちを助けてくれますか?』ってか? それなら答えてやるよ! 泣いて土下座しても絶対に助けてやんないってな! あはははは!」

「違う。俺が殺し損ねた時、言ってたよなお前。『病気の母がいるんだ』ってさ。あれって本当なのか?」

「あははははははははははははは!」


 耳障りな笑い声。心の底から面白そうに笑っている。


「で、どうなんだ?」

「ばあああああああか! んなの嘘に決まってんだろ! ほんと、お前らイーヴィシュ人は頭のにぶいやつばっかだなぁ!!」

「……それが聞けて良かった。安心してお前のことを殺せるよ」 


 初めてこいつに感謝の気持ちが芽生えた。これで後腐れなく殺すことができる。


「できるもんならやってみろよぉおおおお!」

「アリア。もう一度、あのウォータージェットをお願いできるか?」

「いろいろ訊きたいことがあるけど……ま、信じるって言ったからには信じるわ」

「大丈夫。俺たちはこんなところで終わらない」


 二体のゴーレムがゆっくりと近づいてくる。

 少女達の命を犠牲にして生まれた化け物。今ここでこいつらを葬ってやる。


「我、根源を匿すもの。永久の闇、その力を持って敵を打ち払わんとす。刻まれる時の流れを凍結せよ」


 刻を止めた。体の魔法力がほとんどなくなっているのが分かる。

 だが、ここで気絶しなかった。俺はまず一つ目の賭けに勝ったのだ。


「何度切っても無駄なのが分からないのかぁ! ここでこの二体を切ればさらに倍ぃ! 四体にまでゴーレムが増えるんだゼェ! ほんと、脳みそがねーみたいだなぁ!」 


 そう、本当の賭けはここからだ。

 俺は自分の能力をこんな形で使ったことがない。————果たして、望んだ結果通りになるだろうか。


「水よ、切り裂け」


 アリアの能力で二体のゴーレムは斜めに切断された。


「ほんとにやりやがったぁ! ついに生きることをあきらめたのかぁ!」

「……俺の闇魔法は闇の『時間断絶』の性質を利用した能力。時間を断つ。それは対象の未来すら奪えるってことじゃないのか? こいつの未来が、少女達の魔法力を犠牲に増殖するってことなら————そんな未来は断ち切ってやる!!」


 俺は魔法を使う。

 第一の関門……そもそも魔法を使うことができるか。

 これが一○回目の時間断切魔法の行使。今までの限界を超えた領域。しかし、こうして意識を保っているということはどうやら突破できたようだ。

 

 第二の関門……この魔法が有用であるか。ここが最大の関門だった。

 ————頼む。うごくな、そのまま地面から起き上がるな!


「……どういうことだ!!」

「俺たちの勝ちみたいだな」

 

 第二の関門も突破することができた。


「なぜだ! どうして! どうして、ゴーレムが復活しないんだあああ!」


 そして……第三の関門。

 魔法力がすっからかんの状態で目の前のクズを殴り飛ばすこと。


「ぐべっば!」


 もちろん、これだけでは済ませない。

 だが、まずは一発だ。こいつのことを全力で殴り飛ばしたかった。


「レン!」


 俺は倒れそうになったところをアリアに支えられる。


「申し訳ない」

「いいから! こんな状態でよく立ってられるわね」

「こんなところで床に手をつくわけにはいかないだろ」


 これはゴールなんかじゃない。俺はようやくスタートラインに立ったのだ。


「早く、ベルネス君と合流しましょう」

「その前に……」


 廊下に転がっているシドを睨みつける。


「ひぃ! ご、ごろざいないでくれ! いやああああああああああ!」

「待て!」


 シドは俺たちの脇をすり抜けて階段の方まで逃げていく。

 ……ここであいつを逃がすことだけは絶対にあってはいけない。


「アリア、大丈夫だ。追いかけるぞ」

「仕方ないわね」


 シドを追いかけるため廊下を走り出す。ガス欠寸前でも、あんなチンピラごときに遅れをとるわけにはいかない。


「くそおおおおおお!」


 シドは階下ではなく屋上に続く階段を登っていく。


「追い詰めたな」


 俺とアリアも急いで階段を駆け上がる。

 一段一段と屋上に近づいていく。しばらくして、屋上への扉を開け放つ音が聞こえた。

 もう逃げ場はない。ここで殺された人々の恨み晴らさせてもらう————


『!?』


 俺とアリアは同時に顔を合わせた。

 強烈な気配。魔王の血族が近づいてくる時に感じるそれとはレベルが違う。

 この禍々しいオーラを出せる人物なんて一人しかいない。


「魔王!」

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