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 放課後。

 チャン達に因縁をつけられまた殴られた。殺すつもりで殴っていた人間が、ピンピンしていたのがムカついたのだろう。

 リックには先に魔法実験準備室に移動してもらった。

 言葉を交わさずとも、俺とリックの間には数多くのジェスチャーが存在する。

 それから、チャン達が満足するまで殴られてやった。

 三○分ほどリンチにあった後、急いで魔法実験準備室に向かう。


 リックとはいつも通り組手を中心に訓練をする。校舎を壊すわけにもいかないので、外発魔法を使った訓練はしない。組手は限りなく実践を意識したもので、相手を倒さないギリギリのところを攻める。

 もちろん、内発魔法を使って肉体を極限まで強化した状態でだ。

 現代の魔法使いは肉弾戦を軽視しがちだ。外発魔法に頼りきっている。火を出したり、氷を飛ばしたり、木々を操ったりと外発魔法は便利ではある。

 しかし、だからこそ俺とリックは肉弾戦を軽視しない。魔法力にも限界があり、長期戦になればなるほど体力や腕力が物をいう場面がある。


「ふぅ……やるな、レン」

「はぁ……まだまだ続けるぞ」


 俺もリックも内発系の光魔法が得意ということもあって、魔法で強化した肉体での勝負はほとんど互角だ。……いや、若干リックに押され気味ではあるな。

 リックの魔法は光の「速さ」の性質を抽出したもので、自身の行動スピードなどを何倍にも膨れ上がらせる。

 一方、俺の魔法は光の「エネルギー」の性質を抽出したもので、肉体強化によって攻撃力、防御力、治癒能力を増幅させる。

 リックの速さに対応できるのはこの力のお陰だ。


 こうして組手に時間を使うのは、それぞれの短所克服をするという目的もある。

 リックは長期戦に向かないというマイナス部分を克服する必要があり、俺は短期戦でいかに相手に遅れをとらないかが重要になってくるからだ。

 一通り組手に時間を使うと、次は魔法道具と魔法兵器の開発に着手する。

 素手戦うにも限度がある。それは相手が格上であればあるほど顕著だ。

 魔法道具や魔法兵器は、あらかじめ魔法力をこめて作り上げるもので、自分の魔法力を消費しないで使用するができる。

 使い方は多種多様で文献を参考に見様見真似で作成しているが、失敗作がほとんどを占めているのが現状だった。

 

 唯一成功したと言えるのは、魔法銃と名付けたピストル型の魔法兵器だ。

 圧縮した魔法を弾丸に閉じ込め、その弾丸を撃鉄が倒れた衝撃で発射させるという仕組みになっている。こんなシンプルな兵器だがその威力は強力だ。近くの廃屋でこの魔法銃を使ってみたところ、コンクリートの壁に直径一メートル程の穴が空いた。

 人に使えば、確実に命を奪うことができる。


 これを開発したのはリックだ。リックはこういった魔法道具や魔法兵器を作るのが非常にうまい。俺には独創力がないのでゼロから一を生み出すのは苦手だ。

 だから最近の役割分担は、リックが新しい道具や兵器の開発に着手、俺が魔法銃用の弾丸を大量生産するといった感じだ。

 単純作業は正直つまらないが、これも組織のためと思えば頑張れた。


「あー疲れたぜー」


  ————各々で作業をしていると、時間が過ぎるのはあっという間だった。


「なぁ、レン。今日もラーメン食いに行くか?」

「……悪い。今日は時間がな。そろそろミアを迎えにいかないと」

「あ、もうそんな時間か。悪いな」

「時間を忘れるくらい集中しているってのはいいことだな」

「んだな。じゃあミアちゃんによろしく」

「あぁ、また明日な」


 リックに別れを告げて魔法実験準備室を後にした。

 放課後の校舎は物静かだった。日が沈みはじめ世界が朱色に包まれる。

 ミアは部活があるので学校を出る時間が遅い。夕方の時間にイーヴィシュ人の女子高生を一人で歩かせるわけにはいかない。

 だから、俺は急いでイーヴィシュ女子学園まで向かう。


 ——————夕焼け色に染まるイーヴィシュの街は相変わらず美しい。

 きっと、世界の姿は一七年前と何も変わっていない。

 世界は世界でしかない。ただそこには意味しか存在しない。世界を見る俺たちが変わってしまったのだ。違う意義を見出したのだ。

 今も一七年前も、夕焼け色に染まるイーヴィシュの街は美しかったはずだ。


「…………?」


 そんな変わらず美しい世界に、俺は違った意義を見出した。

 怪しい三人組がいたのだ。……あの外見はおそらくアンフラグ人。

 俺は三人の挙動が気になった。良からぬことを企む者が醸し出す独特な雰囲気。

 しかも、彼らの向かっている先にはイーヴィシュ女子学園がある。

 虫の知らせといううやつだ。俺は三人をこっそりと尾行することにする。


「シド。方角はこっちであってんだよな?」

「たぶんな。この辺は家畜の居住区だから土地勘ねーんだよ」


 ……家畜というのは、イーヴィシュ人に対してアンフラグ人がよく使う蔑称だ。

 怒りで震えるのを必死で堪える。こいつらの目的を聞き出さないといけない。


「ってことは、俺らはそれなりに目立つってことか」

「んだな、あんま顔は覚えられないほうがいいな」


 こいつらの言う通り、この辺はイーヴィシュ人が密集して暮らす地域だ。アンフラグ人はあまり近づかない。政治家や官僚の働きかけによって、あくまで要請のレベルだがそういう取り決めになっている。

 アンフラグ人によるイーヴィシュ人への暴行や強姦は後を立たないが、この居住区は比較的にそういった犯罪の発生率が低かった。


「にしても、シドが美味しい話を持ってきてくれて助かったぜ」

「な、ちょうど金にも困ってたし」

「金もあるが、それ以外の楽しみだってあるぜ?」


 どうやら、この集団の中心はシドと呼ばれる人物のようだ。

 見た目は完全なゴロツキ。普通のアンフラグ人以上にタチが悪そうである。

 しかも悪い予感は的中で、こいつらは何か悪巧みをしているようだった。


「うはっ! そっちの方もご無沙汰だったからなぁ。ありがてー」


 仲間の一人が下卑た笑みを浮かべる。

 醜悪な表情だ。あまりの醜さに吐き気すら覚えた。


「しかも、生娘のお嬢様だらけってのがまた唆るぜ」

「いやいや、生娘とは限らねーよ。俺たちみたいな奴のお手付きかも知んねーだろ」

「ハハッ! ちげーねー」


 まだ確信はないが一つだけ分かった。それは、こいつらがクズってことだ。

 もし、あの単語が出ようものなら確実に処分してやる。


「んで、手筈の方だが……どうやって攫うんだよ」

「手頃なやつを二人……今日のとこは三人が限度だな。協力者が車で待機してっから、そこにぶちこむ感じだな」

「協力者ってのは?」

「言わなくても分かんだろ。筋モンだよ、筋モン」

「なるほどなー、通りで羽振りがいいわけだ」

「しかも攫った女でちょっとばかし遊んでいいってのも気前がいい。ま、その後は風呂に沈めれらる訳だし、早めに男の味を教えてやれってことじゃねーの?」

「ほんと、イーヴィシュ女学園のお嬢様とヤレるなんて最高だぜー」


 やっぱりな。こんな世の中では悪い予想の方が大いに当たる。

 こいつらは人攫い。攫ったイーヴィシュ人の女性を売春させるつもりだ。

 その時点でこいつらを始末しなければならないのは確定した。


 しかし、それだけではなく……こいつらはイーヴィシュ女学園を狙っていたのだ。

 よりにもよってミアが通う高校。 許せない。

 こいつらは……アンフラグ人は……俺からミアまで奪おうとするのか。

 

 心は氷のように冷たかった。憎悪と殺意が渦巻く。

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