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 俺の通うゼントム第一高校はイーヴィシュ有数の名門魔法校だ。

 首都ゼントムの中心に位置し、数多くの有名な魔法使いを輩出している。

 一流の魔法使いへの登竜門。

 この壁を乗り越えることが出来なければ、俺の目的が叶うことはないだろう。


 しかし、二年生になった今現在、思った以上の成績を残すことが出来ていない。

 使える光魔法の限界が見えてきた。俺はミアほど光魔法をうまく扱えない。

 才能。その言葉で全てを片付けるのは簡単だ。それでも、凡夫が一○○の努力をしてもたどり着けない領域がある。魔法は残酷だ。才能や血筋が大きくものを言う。

 ……それでも、俺たちは与えられたものを使っていくしかない。


 もしもなんて過程は無意味だ。今を、現在を、懸命に生きるほか手段はない。

 非生産的な思考をやめて、目の前の世界を認識する。

 考え事をしている間に、学校の校舎が確認できるところまで歩いていた。

 何百年の歴史を誇る学校の校舎とだけあって、古びているようでも気品がありイーヴィシュの伝統や叡智が窺える。


「さて……今日も頑張らないとな」


 無意識に独り言を呟いていた。俺は大きく深呼吸をして、校内の敷地に足を踏み入れる。そして、生徒たちの流れに沿って、校舎の中へと入って行く。

 ホームルーム開始まで時間があるので校舎内の生徒の姿はまばらだった。

 それでも各教室から生徒の笑い声や話し声が聞こえてくる。……同い年の仲間が集まって、こうして過ごすことができる時間は貴重だ。

 青春。人生の春。輝いていた————と振り返ることのできる時間。小説、映画、ドラマ多くの作品が青春を全肯定する。きっと、そういう時代もあったのだ。この国にも。平和で、穏やかで、どこか退屈な毎日を繰り返す日々。

 それがどれだけ尊いものなのか。この時代を生きる我々には痛いほど分かる。


「おいおい、サンドバッグくーん。ホームルーム開始まで結構時間あるけど大丈夫か? 今日という今日こそ死ぬんじゃね? お前」


 教室に入ると、男子生徒五人がぞろぞろと集まってきた。そして、リーダー格の男……ダニエル・チャンは下卑た笑みを浮かべながら話しかけてくる。

 次の瞬間——視界の中で星が弾けた。朝だというのに一瞬真っ暗になる。

 チャンに思い切り顔面を殴られた。それが合図となる。

 集団リンチが始まった。ミアが心配をするので顔だけは防御する。


 しかし、それ以外の箇所は徹底的に痛めつけられた。 床に倒れてしまったら頭を踏み潰される恐れがあったので、なんとしても転倒することだけは避ける。

 腕、腹、背、足。容赦なく殴られるし、蹴られる始末だ。

 ……周囲の生徒は、この暴力に対して二通りの違った反応を示す。

 まず、この暴力を最高のショーとして純粋に楽しむ者。

 一方が、目の前で起きる惨状に対して無力な自分を悔やむ者。

 前者がアンフラグ人の生徒。後者がイーヴィシュ人の生徒だ。


「ダニエルいいぞ! もっとやれ!」

「りょーかい。お前らサンドバッグを取り押さえろ」


 ギャラリーの言葉を受けて、チャンは仲間に指示を出す。

 両腕を拘束され身動きが取れない状態になった。


「何をする気だ」

「お前、毎日毎日殴っても殴っても平気そうだからよぉー。今回はちょっと趣向を変えてみることにするわー」


 チャンはそう言って詠唱をはじめた。

 なるほど、魔法か。この魔文から察するに呪いの系統だろう。 アンフラグ人らしい闇魔法だ。おそらく対象の精神に影響を与える魔法。……仕方がない。


「うあああああああああああああああああああああああああ!」

「あははは、白目向いて叫んでやがる!」


脳が焼き切れそうになった。痛み、痛み、痛み。形容しがたい苦痛の前では、いつものように冷静ぶっている余裕はない。俺はただ叫んだ。


「おいおい、ヨダレまで垂らしはじめたぞ!」

「あはははははははははははははははははははははははは」


 そんなに面白いか。人種は違う。

 それでも人はここまで残酷なれるのだろうか。こいつらが同じ人間とは思えない。

 殺してやる……こいつらも、こんな世界を作り出したやつも。


「ほら、いつもの威勢はどうした!」


 チャンに思いきり顔面を殴られた。血の味が口中に広がる。

 それから誰の助けがあるわけでもなく。二○分以上リンチが続いた。

 身体中ボロボロだった。術の効果が薄れてから顔面はなんとか守ったが、それ以外は目も当てられない状況だ。なんとか骨は折れていない。これが唯一の救いだ。


「ったく、相変わらずこいつは頑丈だよなぁ。殺す気で殴ってんのに」


 チャンは肩でぜぇぜぇと息をしながら、俺のことを睨みつけた。

 キーンコーンカーンコーン。

 ……なんとか持ちこたえる事ができた。ホームルーム開始のチャイムだ。


「おはようございます。出席を取るので席についてください」


 担任のライマールス先生が教室に入ってきた。これで今日のところは——


「ぐはっ!」

「おいおい、これで終わりだと思ったら大間違いだぜ?」


 またしてもチャンに殴られる。肺の中の空気が飛び出した。

 くそ、今日はいつも以上にしつこいじゃないか。


「チャン君。それ以上はヴィルヘルム君が死んでしまいますよ……」

「うるせーっつの! テメェは黙って出席とってろよ!」


 アンフラグ人がイーヴィシュ人教師の制止など聞くはずもない。

 ライマールス先生はイーヴィシュ人。チャンはアンフラグ人。力関係ははっきりとしている。イーヴィシュ人に人権なんてものはない。ライマールス先生が出席を取り終えるまで暴力は続いた。

 集団リンチにあう生徒。それを黙殺する教師やクラスメイト。はたまた楽しそうに笑っているクラスメイト。


 この世界は、もう充分すぎるくらいに狂っていた。

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