4-7

「ヘックション!」


 鷺ノ宮さんの家に向かって歩いていると、なんだか悪寒がしました。

 あれ、もしかして風邪でしょうか……いえ、さっきまで快調そのものでしたし。

 というか、今はそんなことを気にしている場合じゃありません。

 今日は俺にとっての大一番、一世一代の大勝負です。今度こそちゃんと、鷺ノ宮さんと友達になります。

 平日の昼間からこうして出歩いているからには、当然のように学校はサボりました。

 今日まで皆勤賞なので許して頂きたい。

 もう優先順位を間違えない。学校よりもはるかに大事なことがあるんです。


「(はるかちゃんの話だと、この辺のはずだけど……)」


 表示されている位置情報と、地図上に指定された地点が重なり合っています。

 鷺ノ宮さんの家の場所は、以前遊びに行ったことがあるというはるかちゃんから聞きました。「明後日の会議に、絶対に咲さんを連れて来てくださいね!」、昨日はるかちゃんと約束したのです。


「(たぶん……このマンションだよな)」


 しばらく周辺をウロウロしていると、それらしい建物を発見しました。

 最寄り駅から徒歩五分くらいの好立地。外観も小綺麗で、女性が一人暮らしをしても安心といった感じです。俺の住むボロアパートとは訳が違います。

 建物の中に入ると、小さいながらもきちんとエントランスがありました。オートロック式でマンションの住人以外はこれ以上進むことは出来ません。

 はるかちゃんから聞いた部屋番号『二○四』で、こちらから呼び出します。

 プルルルという電子音が数回なった後、ガチャリという接続音が聞こえました。


「……何の用」


 一日会っていないだけなのに、その不機嫌な声音が懐かしく感じます。


「この間のお詫びで……その、デートをしませんか?」

「なんで江古田とデートすることが、お詫びになるのか意味わからない」

「す、すみません」

「それに、出掛けるなら前もって連絡するが常識じゃない?」

「すみません!」

 

 鷺ノ宮さんによる怒涛のダメ出し。これはかなり怒ってるな……。くそ、はるかちゃんとの約束を守るためにも、ここをなんとか切り抜けないと。


「じゃ、今から降りるから待ってて」

「……あれ?」


 ここから説得のパートになると思ったのですが……。


「お待たせ」

「いや、俺が急に押しかけたのが悪いから……」


 というか、そんなに待っていません。鷺ノ宮さんは体感的には二分とかくらいで、エントランスまで降りてきました。


「なんか、あんたいつもと感じ違くない?」

「え、そうかな……」


 だとしたら、昨日今日で頑張った甲斐がありました。

 昨日は解放戦線の話し合いのあと、遼や相内さんと合流して服を買いに行きました。

 しかし、遼と相内さんの意見が合わなかったり、途中から広大、新一、山野辺さんまで参加したりと、しっちゃかめっちゃかでした。……でも本当に楽しかったです。

 そして今日の午前中は、遼が行きつけの美容院で髪を整えてもらいました。


「ま、まぁ……そういう感じもありなんじゃない?」


 鷺ノ宮さんはこちらの方を見ないで、興味のなさそうに言います。

 しかし、盗み見るような視線を感じるのですが……気のせいでしょうか。


「そういえば、鷺ノ宮さんもいつもと髪型違うね」


 いつもは髪を巻いているのですが、今日は真っ直ぐなストレートヘアーでした。

 普段より落ち着いて見えて、より大人っぽい感じがしてドキドキします。


「ふーん、江古田でもこれくらいは気がつくんだ……それで?」

「それで……?」

「……なんかいうことないの?」

「に、似合ってると思うよ!」


 なんか今日の鷺ノ宮さんはかなり素直です。不満そうな拗ねたような顔を隠しません。

 その表情とか仕草がやけに女の子っぽいです。


「…………ま、まぁ、江古田になに言われても嬉しくなんてないけどね」


 まだまだ鷺ノ宮さんの扱いは難しかったです。


「それじゃあ、立ち話もなんだしそろそろ行く?」

「どこ行くの?」

「それはお楽しみということで」


 俺は鷺ノ宮さんを引き連れて駅まで向かいました。そしてちょうどやってきた上りの電車に乗り込みます。

 平日お昼頃の上り電車はかなり空いていました。

 俺と鷺ノ宮さんは空いている席に座ります。この時、鷺ノ宮さんが少しだけ離れるように座ったのが地味に悲しかったです。


「し、仕方ないでしょ! 男子とこんなに近づいたことないんだから!」


 そのことをそれとなく指摘したら、顔を赤くしながら弁明していました。

 嫌われているわけではないので本当によかったです。


「暇だしアニソンでも聞く?」

「聞くってどうするの」


 終点駅まで三○分はあるので、なんだか手持ち無沙汰になっていました。


「俺、イヤホンあるから片耳ずつ?」

「は、はぁ!?」

「一応、定期的にキレイにしてるつもりなんだけど」

「そういうことじゃないでしょ!」


 電車の中ということもあって、鷺ノ宮さんはトーンを落として怒りました。

 イヤホンが汚いから……という理由で渋っているわけではないみたいです。


「なら何が問題なの?」

「あんたって……本当にこういうこと鈍感。なんだか、あたしが一方的に意識してるみたいで癪だから、じゃ、それやってみましょ」


 鷺ノ宮さんはイヤホンを右耳に、俺はイヤホンを左耳にそれぞれ付けます。

 あれ……なんか距離が近くなった? 肩とかめっちゃ触れ合ってるし!

 俺が思っていた以上にイヤホンのコードが短く、二人の距離は急接近しました。

 息遣い、そっと触れ合う肩、女の子特有の甘い匂い。かなり蠱惑的です。


「じゃ、じゃあ適当に流すね」

「ど、どうぞ」


 隣の鷺ノ宮さんの顔も真っ赤です。

 電車が終点駅にたどり着くまで、二人でアニソンメドレーを聞いていました。鷺ノ宮さんはほとんどの曲を知っていて、「あ、これは……のOP」と途中からただのイントロクイズでした。

 その間、時折触れ合う肩や息遣いに気を止めないように、必死に心を無心にしようと努めていたので、肝心の曲はまったく耳に入ってこなかったです。

 電車が終点駅にたどり着いたら、駅構内を少し歩いて電車を乗り換えます。

 都心を走る電車ということもあって、その電車では座ることが出来ませんでした。

 鷺ノ宮さんと雑談をしながら、目的地の駅まで立ちっぱなしで揺られます。

 それから二○分くらいして目的地に着きました。

 俺が「降りるよ」と声をかけると、鷺ノ宮さんは「あんたね……」とあきれたような声で応じます。


「新宿とか渋谷がある内回りじゃなくて、外回りに乗った時点で気がつくべきだった…………なんでデートなのに、秋葉原なのよ!」

「俺と鷺ノ宮さんのデートといったらここしかないよ」


 そうです、ここはオタクのエルサレム……秋葉原ことアキバです。オタクを名乗っている以上は、絶対に一度は訪れなければならない場所ですね。


「ロマンチックさはゼロになったけどね」

「まぁまぁ、絶対に楽しいって思わせるから!」

 俺も直前までデートスポットに迷っていました。

 遼たちに相談すれば東京タワーやスカイツリー、水族館や動物園、数多くのレジャー施設を提案してくれたでしょう。

 けど、俺は解放戦線のみんなに相談したのです。


 昨日は遼たちと服を買いに行く直前まで、みんながデートプランを考えてくれました。

 まぁ、正確にいうと、直前になってしまったのはあのメンバーに問題があります。

 樋口先輩がふざけてエロゲー専門店を提案したり、椿くんは真剣でしたがドール専門店を提案したり(真剣だから余計に怖い)、はるかちゃんは最後まで池袋の乙女ロードに行くべきだと一歩も譲らなかったり、とにかく決まりません。

 それでも、あのオタク仲間たちと必死に考えたプランには自信がありました。

 蛇の道は蛇。オタクの道はオタクということです。


「それで最初はどこに行くの」

「えーとね……まず、鷺ノ宮さん。朝ご飯食べた?」

「食べてない」

「なら、まずは昼ごはんからだね」


 鷺ノ宮さんを先導するように歩き、電気街口改札を抜けました。そしてゲームセンター、ラジオ会館の通りを進んで、中央通りの方まで歩いていきます。


「ここにタイムマシンが墜落したわけね」


 ラジオ会館を見上げて、鷺ノ宮さんがぼそりと呟きます。

 こちとらオタクなので、元ネタがなんなのかはすぐ特定できました。ただ、ひとつ気になったのは、まるで初めて見るかのような言動です。


「もしかして、鷺ノ宮さんってアキバ初めて?」

「……悪い?」

「いや意外だなって……結構、オタク歴長いでしょ?」

「女一人だとなかなか行けないの! だいたいは池袋でも揃うし!」

「俺からすると池袋の方が怖いけど……。だって、カラーギャングとかがうようよいるわけだよ?」

「江古田の池袋観は、デュラララ!!の影響が強すぎ!」


 オタクが二人も集まると、一般人では理解しがたい会話が繰り広げられます。

 しかし、鷺ノ宮さんが初アキバとは……。これはかなり張り切ってしまいそうです。

 俺は鷺ノ宮さんに周辺の建物のことを紹介しつつ、少し遠回りをしながら目的地のお店まで向かいます。


「まさか一人じゃ行けないからって、メイドカフェとかに連れてこうって訳じゃないでしょうね?」

「そ、そんなことないよ! 最終的には却下したから!」

「候補にはあったわけね……」


 オタクとしては一回くらい経験してみたいのですが、人見知りオタクにはちょっとハードルが高いのです。俺もまだまだです。


「今回のデートは、鷺ノ宮さんのことを思って企画したものだから安心して」

「……ふーん」


 そう言うと、鷺ノ宮さんは顔を赤くして頬をかきました。

 そうです。これはあの時の遊園地のやり直しです。

 俺は彼氏として——もちろん仮初めではありますが、彼女である鷺ノ宮さんが喜んでくれるようなことをする必要があります。

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