3-4
ホームに降りると、一分も経たないうちに電車がやってきました。
副都心の大きな駅へ向かう急行電車です。
その駅が今回の集合場所です。
俺と鷺ノ宮さんは沿線が一緒ですが、他の遼や恋ヶ窪さんは最寄りの沿線が違うので、一旦都内で集合するという予定になっています。
ホームにやってきた急行電車に乗ること三○分。
あっという間に集合駅に到着しました。
到着したのは集合時間のかなり前で、集合場所にはまだ誰の姿もありません。
「さすがに早すぎたね」
「遅刻するよりは全然マシ」
素敵な考え方です。たしかに早く来すぎて困ることはありません。
そんな鷺ノ宮さんに感心をしながら、駅の構内を見渡します。
日曜日の朝ということもあって、副都心の駅といっても人の姿はまばらです。
そのせいもあって、視線の先にいた真っ黒な三人組がやけに目立って見えました。
いわゆる、ゴシックだとかゴスロリと分類されるファッションだと思います。本人たちにとってはおしゃれなんでしょうけど、そういう文化に疎い俺には少し怖いです。
「……ねぇ、あの人たち知り合い?」
遠目に観察していたのですが、なぜかその三人組はこちらまで近づいてきました。
鷺ノ宮さんも三人組の存在に気が付いてみたいで、不安そうにしています。
願わくば、通り過ぎていってくれと思っていたのですが、その思いは届くとはありませんでした。三人組は俺と鷺ノ宮さんの前までやって来ました。
「あ、あの……なにか?」
沈黙が余計に恐怖を助長するので、思いきって声をかけました。
「江古田くん、私ですよ!」
三人組の一人の男性がやけに親しげに話しかけてきます。
その声に聞き覚えがありました。
「もしかして、椿くん!?」
「そうです! どうやら変装は完璧みたいですね」
本当に椿くんみたいです。
「じゃあ……あとの二人は樋口先輩とはるか?」
「そうですよ! 咲さん!」
鷺ノ宮さんの問いかけに、はるかちゃんも応じました。
改めて三人をじっくりと観察すると、言われてみれば樋口先輩、椿くん、はるかちゃんということが分かります。
「あの、どうしてみんながここに?」
「陰ながらサポートすると言っただろ」
「ってことは、三人ともついてくるんですか!?」
「そのための変装だ」
長身のヴィジュアル系バンドマンみたいな風貌をした男————樋口先輩がいつもの口調で答えます。
ウィッグを被っているみたいで髪の色は黒く、ほんのり化粧をしているみたいで肌も白いです。こうしてみると、樋口先輩は顔立ちだけは整っていると思います。
「変装するなら、もっと目立たない格好にしてくださいよ!」
「これでも配慮したんだぞ。当初は裸エプロンの予定だった」
「ゴシックで本当によかった!」
危うく逮捕者が三人出るところでした。
しかし、こんな目立つ格好をした三人が、常に近くにいることには変わりないです。
「それじゃあ、ワイたちは後ろから————椿、梶本急いで撤収だ!」
樋口先輩は言葉の途中でいきなり大声を出しました。その声を契機に、統制された動きで三人はバラバラに散ります。
「急にどうしたんだろ……?」
「江古田! あれ!」
鷺ノ宮さんが指差す方には——恋ヶ窪さんの姿がありました。
どうも、樋口先輩は彼女の存在にいち早く気がついたみたいでした。
このあと尾行をするというなら、ここで存在を気取られるわけにはいきません。
「江古田くん、お待たせしました!」
恋ヶ窪さんは、俺の姿に気がつくと小走りでやってきました。
その仕草が可愛らしく見惚れてしまいます。
それに服装も、オタクにドンピシャと言いますか、女子アナのような清楚感がある格好でどうしても目が離せません。
「いたっ!」
「……結局、ああいうのが好きなんでしょ」
恋ヶ窪さんに見惚れていると、鷺ノ宮さんに思いっきり足を踏まれました。
横目で見ると、不機嫌そうな顔をした鷺ノ宮さんの姿があります。
きっと敵である生徒会長の前で、ボーッとした事を咎めているのでしょう。たしかに今は、集中力を欠いている場合ではありませんでした。
「えーと、どうして鷺ノ宮さんが………………? これってデートなんじゃ…………いえ、そもそも江古田くんには彼女がいるじゃないですか! え、江古田くん! これはどういう事ですか! 二股ですか!?」
鷺ノ宮さんの存在に気がつくと、恋ヶ窪さんはなぜか戸惑いを見せました。
「恋ヶ窪さんが何を言いたいのか、よく分からないんですが……」
「いえ、もし二股なら鷺ノ宮さんが平然としてるのはおかしいですよね。……つまり鷺ノ宮さんもこの状況は了承済み。……ってことは、私もプレイに加えるつもりだった!? そういう事なら全てが納得できます! ちょっと会わないうちに江古田くんがクズ男に! わ、私に何をさせるつもりですか!?」
恋ヶ窪さんが何を言っているのか、ほとんど理解できません。
何やらぶつぶつ言いながら取り乱していますが、彼女は何に対して不満を持っているのでしょうか。状況的に……鷺ノ宮さんがいることにでしょうか?
「ごめんなさい! そういえば伝え忘れていましたね。今日は複数人で遊びに行く予定だったんです!」
集合場所と時間は伝えたのに、目的地やメンバーについて伝え忘れていました。
おそらく、そのせいで恋ヶ窪さんは混乱しているのでしょう。
「ふ、ふ、複数人!? そ、それって何人くらいで、男女比は?」
「えー、男四人に女の子も四人です。もちろん恋ヶ窪さんも入れて」
「は、は、8Pですか!? ちょ、それは高校生としてどうなんでしょう!?」
「もしかして、恋ヶ窪さんの家ってそういうの厳しいんですか?」
「我が家に限らず、普通は厳しいと思いますよ!」
男女八人で遊ぶのって、あまり良くないことなんでしょうか。
俺は田舎の家出身なので、こっちの事情はあまり分からないのです。
もしかすると、かなり非常識なお誘いをしてしまったのかもしれません。
「ごめんなさい。恋ヶ窪さんの家の事情も把握出来てなくて……あの交通費はちゃんと払いますから、もしダメそうなら帰りますか? ここまで誘っといてあれですけど」
「で、でもそしたら七人でするわけですよね?」
「そうなりますね」
そこは「する」じゃなく「行く」が正しい表現だと思ったのですが、恋ヶ窪さんは独特な言葉の使い回しをします。
「それは不健全です! 私たち高校生ですよ!」
「……ちょっといい?」
正直どうしたものかと悩んでいたところ、鷺ノ宮さんが割って入ってきました。
「な、なんですか! 私は! な、7Pなんて認めませんよ!」
「あたしたちは男女八人で遊園地に行く予定だったんだけど、それって問題ある?」
「ゆ、遊園地?」
「副会長の滝沢とかもいるし、どうせなら大人数な方がいいと思って、江古田が恋ヶ窪に声かけたの」
「そ、そういうことですか!」
鷺ノ宮さんは嘘を交えつつ、うまい具合に説明してくれます。
しかし、この話をどのように勘違いしたのでしょうか。俺からすれば、勘違いする部分は一つもないように思えます。
「一体、恋ヶ窪さんはどういった勘違いを?」
「そんなこと言えません!」
「……江古田ってほんとデリカシーないよね」
「え!?」
恋ヶ窪さんは顔を真っ赤にして口を紡ぎ、なぜか鷺ノ宮さんは不機嫌な顔をして俺を責め立てます。一体全体どうしてこんな状況になったのでしょうか。
「おーい、俊介ー」
状況が分からずあたふたしていると、遼がこちらの方に駆けてきます。
その後方に目をやると、広大、新一、相内さん、山野辺さんの姿がありました。
時計を見ると集合時間の五分前で、意外と時間が経っていたことに驚かされます。
「江古田くん。大人数で遊ぶのなら最初からそう言ってください!」
「す、すみません」
温厚そうな恋ヶ窪さんですが、さすがにムッとしています。
「……デートだと思って気合い入れてきたのに」
「え? なんですか?」
「なんでもないです! …………ばか」
恋ヶ窪さんは「知らない!」とでも言うように顔を背けます。
困ってしまったので鷺ノ宮さんの方に助けを求めようとすると、こちらはこちらで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべています。
この状況はなんと言いますか……「不幸だー!!」と言った感じです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます