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 ホームに降りると、一分も経たないうちに電車がやってきました。

 副都心の大きな駅へ向かう急行電車です。

 その駅が今回の集合場所です。

 俺と鷺ノ宮さんは沿線が一緒ですが、他の遼や恋ヶ窪さんは最寄りの沿線が違うので、一旦都内で集合するという予定になっています。

 ホームにやってきた急行電車に乗ること三○分。

 あっという間に集合駅に到着しました。

 到着したのは集合時間のかなり前で、集合場所にはまだ誰の姿もありません。


「さすがに早すぎたね」

「遅刻するよりは全然マシ」


 素敵な考え方です。たしかに早く来すぎて困ることはありません。

 そんな鷺ノ宮さんに感心をしながら、駅の構内を見渡します。

 日曜日の朝ということもあって、副都心の駅といっても人の姿はまばらです。

 そのせいもあって、視線の先にいた真っ黒な三人組がやけに目立って見えました。

 いわゆる、ゴシックだとかゴスロリと分類されるファッションだと思います。本人たちにとってはおしゃれなんでしょうけど、そういう文化に疎い俺には少し怖いです。


「……ねぇ、あの人たち知り合い?」


 遠目に観察していたのですが、なぜかその三人組はこちらまで近づいてきました。

 鷺ノ宮さんも三人組の存在に気が付いてみたいで、不安そうにしています。

 願わくば、通り過ぎていってくれと思っていたのですが、その思いは届くとはありませんでした。三人組は俺と鷺ノ宮さんの前までやって来ました。


「あ、あの……なにか?」


 沈黙が余計に恐怖を助長するので、思いきって声をかけました。


「江古田くん、私ですよ!」


 三人組の一人の男性がやけに親しげに話しかけてきます。

 その声に聞き覚えがありました。


「もしかして、椿くん!?」

「そうです! どうやら変装は完璧みたいですね」


 本当に椿くんみたいです。


「じゃあ……あとの二人は樋口先輩とはるか?」

「そうですよ! 咲さん!」


 鷺ノ宮さんの問いかけに、はるかちゃんも応じました。

 改めて三人をじっくりと観察すると、言われてみれば樋口先輩、椿くん、はるかちゃんということが分かります。


「あの、どうしてみんながここに?」

「陰ながらサポートすると言っただろ」

「ってことは、三人ともついてくるんですか!?」

「そのための変装だ」


 長身のヴィジュアル系バンドマンみたいな風貌をした男————樋口先輩がいつもの口調で答えます。

 ウィッグを被っているみたいで髪の色は黒く、ほんのり化粧をしているみたいで肌も白いです。こうしてみると、樋口先輩は顔立ちだけは整っていると思います。


「変装するなら、もっと目立たない格好にしてくださいよ!」

「これでも配慮したんだぞ。当初は裸エプロンの予定だった」

「ゴシックで本当によかった!」


 危うく逮捕者が三人出るところでした。

 しかし、こんな目立つ格好をした三人が、常に近くにいることには変わりないです。


「それじゃあ、ワイたちは後ろから————椿、梶本急いで撤収だ!」


 樋口先輩は言葉の途中でいきなり大声を出しました。その声を契機に、統制された動きで三人はバラバラに散ります。


「急にどうしたんだろ……?」

「江古田! あれ!」


 鷺ノ宮さんが指差す方には——恋ヶ窪さんの姿がありました。

 どうも、樋口先輩は彼女の存在にいち早く気がついたみたいでした。

 このあと尾行をするというなら、ここで存在を気取られるわけにはいきません。


「江古田くん、お待たせしました!」


 恋ヶ窪さんは、俺の姿に気がつくと小走りでやってきました。

 その仕草が可愛らしく見惚れてしまいます。

 それに服装も、オタクにドンピシャと言いますか、女子アナのような清楚感がある格好でどうしても目が離せません。


「いたっ!」

「……結局、ああいうのが好きなんでしょ」


 恋ヶ窪さんに見惚れていると、鷺ノ宮さんに思いっきり足を踏まれました。

 横目で見ると、不機嫌そうな顔をした鷺ノ宮さんの姿があります。

 きっと敵である生徒会長の前で、ボーッとした事を咎めているのでしょう。たしかに今は、集中力を欠いている場合ではありませんでした。


「えーと、どうして鷺ノ宮さんが………………? これってデートなんじゃ…………いえ、そもそも江古田くんには彼女がいるじゃないですか! え、江古田くん! これはどういう事ですか! 二股ですか!?」


 鷺ノ宮さんの存在に気がつくと、恋ヶ窪さんはなぜか戸惑いを見せました。


「恋ヶ窪さんが何を言いたいのか、よく分からないんですが……」

「いえ、もし二股なら鷺ノ宮さんが平然としてるのはおかしいですよね。……つまり鷺ノ宮さんもこの状況は了承済み。……ってことは、私もプレイに加えるつもりだった!? そういう事なら全てが納得できます! ちょっと会わないうちに江古田くんがクズ男に! わ、私に何をさせるつもりですか!?」


 恋ヶ窪さんが何を言っているのか、ほとんど理解できません。

 何やらぶつぶつ言いながら取り乱していますが、彼女は何に対して不満を持っているのでしょうか。状況的に……鷺ノ宮さんがいることにでしょうか?


「ごめんなさい! そういえば伝え忘れていましたね。今日は複数人で遊びに行く予定だったんです!」


 集合場所と時間は伝えたのに、目的地やメンバーについて伝え忘れていました。

 おそらく、そのせいで恋ヶ窪さんは混乱しているのでしょう。


「ふ、ふ、複数人!? そ、それって何人くらいで、男女比は?」

「えー、男四人に女の子も四人です。もちろん恋ヶ窪さんも入れて」

「は、は、8Pですか!? ちょ、それは高校生としてどうなんでしょう!?」

「もしかして、恋ヶ窪さんの家ってそういうの厳しいんですか?」

「我が家に限らず、普通は厳しいと思いますよ!」


 男女八人で遊ぶのって、あまり良くないことなんでしょうか。

 俺は田舎の家出身なので、こっちの事情はあまり分からないのです。

 もしかすると、かなり非常識なお誘いをしてしまったのかもしれません。


「ごめんなさい。恋ヶ窪さんの家の事情も把握出来てなくて……あの交通費はちゃんと払いますから、もしダメそうなら帰りますか? ここまで誘っといてあれですけど」

「で、でもそしたら七人でするわけですよね?」

「そうなりますね」


 そこは「する」じゃなく「行く」が正しい表現だと思ったのですが、恋ヶ窪さんは独特な言葉の使い回しをします。


「それは不健全です! 私たち高校生ですよ!」

「……ちょっといい?」


 正直どうしたものかと悩んでいたところ、鷺ノ宮さんが割って入ってきました。


「な、なんですか! 私は! な、7Pなんて認めませんよ!」

「あたしたちは男女八人で遊園地に行く予定だったんだけど、それって問題ある?」

「ゆ、遊園地?」

「副会長の滝沢とかもいるし、どうせなら大人数な方がいいと思って、江古田が恋ヶ窪に声かけたの」

「そ、そういうことですか!」


 鷺ノ宮さんは嘘を交えつつ、うまい具合に説明してくれます。

 しかし、この話をどのように勘違いしたのでしょうか。俺からすれば、勘違いする部分は一つもないように思えます。


「一体、恋ヶ窪さんはどういった勘違いを?」

「そんなこと言えません!」

「……江古田ってほんとデリカシーないよね」

「え!?」


 恋ヶ窪さんは顔を真っ赤にして口を紡ぎ、なぜか鷺ノ宮さんは不機嫌な顔をして俺を責め立てます。一体全体どうしてこんな状況になったのでしょうか。


「おーい、俊介ー」


 状況が分からずあたふたしていると、遼がこちらの方に駆けてきます。

 その後方に目をやると、広大、新一、相内さん、山野辺さんの姿がありました。

 時計を見ると集合時間の五分前で、意外と時間が経っていたことに驚かされます。


「江古田くん。大人数で遊ぶのなら最初からそう言ってください!」

「す、すみません」


 温厚そうな恋ヶ窪さんですが、さすがにムッとしています。


「……デートだと思って気合い入れてきたのに」

「え? なんですか?」

「なんでもないです! …………ばか」


 恋ヶ窪さんは「知らない!」とでも言うように顔を背けます。

 困ってしまったので鷺ノ宮さんの方に助けを求めようとすると、こちらはこちらで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべています。

 この状況はなんと言いますか……「不幸だー!!」と言った感じです。

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