第25話 ステラヴィネ王国に残るもの

 「本当にそいつと行くのか嬢ちゃん」


 テセスは心配していた。

 ルミンの隣にいるグレー色の小さな猫聖獣に。


 ほんのついさっきまで、大罪を被る可能性のあった者なのだ。そんな聖獣と、まだ子どもであるルミンが行動を一緒にすると言われてから気が落ちつかなかった。


 「大丈夫よ。あたしはこの子を信用してるわ。一人で旅するよりも誰かいたほうが心が落ち着くからね」


 そう言ってルミンは金色の髪を揺らし、杖をトンと地面につけた。


 彼女の顔は常に自信で溢れているが現在はこれまで以上に自信にあふれていた。


 「大丈夫だよ。僕はこんな可愛い子に手を出したりはしないから」


 そう言ってルイはルミンの肩によじ登り、ウインクをする。

 それを見たテセスは軽いため息をついた。その中には、ルイとルミン、それぞれの心配が伺えた。


 ルイに関してはもう言うまでもない。

 だからテセスもこれ以上、言うことはなにもなかった。


 「ルイ……お願いがある」


 テセスの口から発せられたまさかの発言にその場にいた全員が目を丸くした。


 「ルミンはまだ子どもだ、お前や私に比べてもな。こんなことをお前にお願いしたくないが、何かあったら嬢ちゃんを守ってやってくれ」


 先ほどまで自分に対して敵意剥き出しだった者が自分に守ってやってほしい、などと言うとは思ってもいなかった。


 それを聞いたルイは「もちろん」と力強く頷いた。


 「南西に行くならば、西の門から小舟を使うと良い。この国の水上移動に関しては他の国より長けている。あの船に乗れば目的地へと行くことができるだろう」


 そう言ってテセスはその場を立ち去っていった。

 彼の背中は大きく、いかにも兄貴肌という感じであった。ルミンとルイはそれを黙って見届けた。


 そうして小舟へと向かう。


 この国は元から自然豊かな国だ。元々、複数の河川が合流する珍しい地形をしていた。


 そのために、内陸国であるこの国は海がなくとも青色が無い、ということは絶対になかった。その周囲には木々がお生茂り、高い丘などもあった。


 家々が連続して立ち並び、石積み建築を用いていた。大型船はないものの、数十人を乗せることができる小舟は多くあった。


 「そういえば、ヘルデンはどのくらい見つかってないの?」


 「もう数日、あと少しで一週間だよ」


 それを聞いたルミンは肩を落とした。

 少し無責任はことを聞いてしまったと思った。現にルイは悲しそうな顔をしていた。


 短いながらもルイにとってヘルデンは大事な人だったのであろうと、ルミンはその様子から伺った。


 ルイの生きてきた時間と比べるとヘルデンといた時間は瞬き一瞬にも満たないほどであった。

 しかし、記憶には色濃く残っていた。ほんとうについ最近まで隣にいたはずなのだ。


 「まぁでも大丈夫よ! このルミンさまがいれば解決しちゃうんだから!」


 ルミンは足を止めて小さな手で胸を叩いた。それを見たルイも自然と口角が上がった。


 単独で行動するよりも、誰かと一緒に行動した方が良いというのは分かっていた。


 「―――頼りにしてるよ。それじゃあ、あの小舟に乗ろう!」


 そうして彼らは西門へとつながる通路に浮かぶ小舟へ乗り込んだ。


 その船は無人であった。


 つまり、自分たちで漕ぐしかないということだったのだが、ルイがパチンと指を鳴らすとオールが自動で動き始めた。


 人々が行き交う大きな橋の下を潜り抜けた。ルミンは水の上に浮かんでいるという不思議な感覚に胸を躍らせていた。


 「わぁー! 不思議な感じね!」


 「あんまり動くと船が傾いてしまうよ、気をつけてねー」


 カラフルな家々がゆっくりと過ぎていく光景がしばらく続いた。

 その間ルミンはやはり珍しい経験に興奮していたが、ルイはどこをあたるべきかと悩んでいた。


 (この国で西という単語が出た以上、間違いはもう無い。片っ端から潰していくしかないのかな……。

 まぁ良いか、とりあえずまずは一番近い場所にあるやつから行くかなー。)


 もう一つ、ルイは心配してることがあった。それは、居場所の他に手に入れたラミール直属の配下たちのこと。


 四人いることは確認できた。そのいずれもが高い戦闘力を持っていることはおそらく間違いない。


 ルイはいまだに、興奮状態にあるルミンを見る。

 彼女は自慢の杖を置いて先ほどから軽く跳ねていることで船が浮き沈みしている。


 そうしてみるみるうちに中心部、王宮が小さくなっていきついに西門へとたどり着いた。


 彼らはそのもう門を潜り抜け、目的地へと旅立って行った。



 ―――


 一方で王国に残る波紋もあった。中でも一際、大きく残りそうなことがあった。


 「ノアさま、もう大事ないとのことです」


 「えーなんかつまんなーい。ノアもっと走りたいな!」


 「ダメですよ、お怪我をなされたら大変です」


 「そのときは、ごえーのハイリスが守ればかいけつー!」


 それはステラヴィネ王国の王女であるノアであった。彼女は普段起こることのない事態に、胸躍らせて護衛のハイリスをあちこちに連れまわしていた。


 「ノアさま! お待ちを!」


 「にげろにげろー! ハイリス、鬼ごっこかいしー!」


 彼女は生まれてからいまだ六年しか経過していないものの、その歳以上に元気であった。


 普通であれば、王族として礼儀作法に則り、清く正しく、落ち着いた雰囲気であるべきなのだがラミラはそれに従わず、自分を貫いていた。


 「ちょっ、ノアさまぁぁぁ!」


 「わー! にげろにげろー!」


 彼女の一日のルーティーンは定まっていない。だが必ずと言っていいほど宮内を走り回る。それはハイリスを振り回したいのか、純粋に自身が楽しみたいのか、追いかける側であるハイリスは分からなかった。


 「はぁ……はぁ……まことに元気な方だ。ノアさまぁぁ!」


 彼は息を切らしながら何処へ消えて行ったノアを探して走り回っていた。




 「あの娘が教えなかったら、朕の命は危うかった。テセスよ、今回は大事なかったが、あの者が殺意を持っていたら朕は死んでいたぞ」


 「はい……すみません。なんなりと処罰をお願いします」


 一方で王の間では、テセスは王から叱りを受けていた。

 玉座に座り、あごに手をあてている王と、その下に大剣を帯びながら片膝をついていた。今回のように、華麗に護衛を突破し、王に触れられるようなことがあったのは初めてであった。


 それほどこの国の警備は厳重なものであった。過去に何度か侵入者はいた。

 しかし、全員が王の顔を拝むことなく死んでいった。そのために、彼は心のどこかで油断していたのであろう。


 例え、入ってきたとしても今回もまた討ち取られるであろうと。


 「傭兵団団長として不甲斐ありません」


 「まぁ良い。今回は許す。しかし、次はないぞ。気を引き締めるのだ」


 テセスは「はい」と返事をし、立ち上がってその場から辞そうとしていた。


 しかし、王はそれを止めた。


 「お前は本当に正しいと思うか、テセス」


 その言葉の意味をテセスは理解できなかった。

 そのため、しばらくその場に面を倒して考えた。彼の橙色の瞳はより深みを増し、一点を見つめていた。彼が頭の中で考えてから数秒後、彼は口を開いて言った。


 「間違っていませんよ。陛下は正しい選択をしました。ですが、我々はかの者には関わりたくないという意思を持っています。あの二人によってやつが我々に牙を向いた時はまず誤解を解くべきです。


 あの者たちが探していた情報はこっそりとルミンに渡しておきました。その手紙にもしっかりと、我々のことについては口にするなと釘を刺しておきました。なので問題ないかと」


 「朕は信じていない。あの二人、聖獣とやらは時に冷静さを欠く、あの娘はいまだ子どもゆえ無邪気に漏らすかも知れぬ。やはりこれは間違いだったのではないか?」


 それを聞いたテセスはどこか自信に満ちた顔をしていた。ルイとの関わりは全く無かったが、彼は短いながらもルミンとは関わりがあった。


 その中でテセスは彼女が普通の子どもと違い、大人びていることを知っている。


 「いいえ、そんなことはありません。ルイに関しては正直、疑いどころもありますが、彼は自分の行動のために誰かを傷つけることはしませんでした。


 特にルミンに関しては私自身がしっかりとこの目で見ました。あの娘なら心配ありません」


 「お前が言うならばいいのだが、朕は」


 「かいもーん!」


 その時、入り口の花の型が掘られた扉が勢いよく開かれた。やや重たい雰囲気が丸みを帯び、やんわりとした雰囲気になったように感じた。


 二人はびっくりして扉の方向を見た。


 そこにいたのは薄いブラウン色をした髪と耳を合わせ持ち、夏の空を彷彿とさせる瞳にドレスではなく、真っ白な清楚な色をしたコート、内にはレモンのような色をした服を着ていた。


 それを見たテセスは真っ先に挨拶をした。


 「ノアさま、お元気そうで何よりです」


 「おー! テセスだんちょー!」


 そう言ってテセス向かって勢いよく走り、その肩によじ登ろうとしていた。テセスは何が何だか分からず、身動きが取れずにいた。


 「やめなさい。ノア行儀悪いぞ」


 「ちちうえー! 追いかけっこしよー!」

 

 それを見た国王、ガラーバス・セラーミルズは口角が上がったが同時に護衛であるハイリスが職務怠慢なのでないかと思っていた。


 「ちちうえ、心配しなくても良き! ハイリスはちゃんとノアの仕事してるー」


 そう言ってノアはテセスの大きな肩に乗り、ヒョコッと顔を出し、尻尾をブンブン振っていた。


 ガラーバスは自分の子どもの元気の良さに、頭を悩まされていたが場の雰囲気が和らいだのを感じると同時に彼女の明るさに救われたと思った。


 「ちちうえー、ノアお腹すいたー!」


 そう言ってテセスの肩で動き回った。

 テセスは必死に落とさないように、手で体を支えていた。彼女の天真爛漫な性格にはテセスも少々困っていた。


 「よし、では我が娘よ、食堂へと行こう。ともに軽食を食べよう」


 それを聞いたノアはパッと目に星を宿らせ、テセスの肩から飛び降りる。

 今度は食堂に向けて走り出した。そして再びバタン! と、扉を開けた。


 「ぐぉ?!」


 するとタイミングの悪いことにようやくノアに追いついたハイリスの顔面にクリティカルヒットした。


 そしてヘナヘナとゆっくりとハイリスはその場に倒れ込んだ。

 しかしそれをよそにノアはニコニコの笑顔で、食事を楽しみに、尻尾を左右に振りながら走って行った。

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