第7話 午後の部 探索

「……ろ………きろ………おい、ヘルデン」


 ぼんやりとした意識の中俺のことを呼ぶ声が聞こえてきた。

 鉛のように重たい瞼をゆっくりと時間をかけて開ける。

 日光が差し込んできたと同時、師匠の姿が目に入ってきた。


 俺はそれを見て再び眼を閉じる。

 再び夢の世界へー


 「起きろ。ほら、行くぞ」

 

 師匠は俺の腕を掴み連れて行こうとする。

 俺の腕は脱力している。反抗する力なんてなかった。

 俺は無理やりベッドから剥がされ木材と接触しながら引きずられていく。


 「いたたた……Zzz」


 「起きろ、寝るな」


 「……グゥー、グゥーzZ」


 俺はいびきをかいて再び夢の世界へと誘われていった。

 それを間近で見ていた師匠は、俺の手を離す。その手は糸を失った操り人形のように地面に落ちていった。


 中々に痛かったが、俺の睡魔には全く敵わなかった。

 俺は「グゥー」といびきをかきながら、未だに眠っている。それもベッドではなく、硬い地面で。冷たくひんやりしている。


 師匠は少しもの惜しそうに重く口を開いた。


 「そうか、残念だ。お前に午前の褒美を渡そうと思っていたが仕方がない。ゆっくり寝ていろ」


 「早く行きましょう」


 その言葉を聞いた俺の睡魔は忽然と姿を消した。夢の世界から現実へ一瞬で戻ってきた。


 立ち上がり、背伸びをする。

 筋肉を伸ばすのは最高に気持ちがいい。全身に溜まっていた疲労が消え失せていくように毎度感じるよ。


 俺はルンルンで歩き出す。

 

 「……全く、行くぞ」


 なぜか俺が先頭、師匠が俺の後ろと奇妙な順番になってしまった。褒美と聞いて、心が躍り、落ち着くことが耐えることができることなんてない。


 さて、何がもらえるのだろうか!?


 師匠が俺にくれるものは豪華なものかそれとも、残念なものか……。こういうとき師匠は……なんだかんだでいいものを与えてくれそうだ。何かと面倒見がいい人だし。



 ***


青々とした晴天の大空には太陽がギラギラと輝き、この街を最大限に照らしている。


 「わぁー」


 俺はまるで子どものような声を出した。

 いや、見た目にあってはいるんだけど、中身はね、ほら、一応高校生だし。


 俺たちがいた村からはそう遠くない場所に街は広がっていた。俺たちが住んでいる村は大陸の端っこの方に位置しており、海に最も近い村らしい。


 そのため、大きな木製の船が止まっているのを見た。あっちにいた世界ではもう使われていないものだ。

 まるで、中世ヨーロッパへ転生した気分だ。ロマンを感じる。


 街並みに関しては本当に中世ヨーロッパというのが適している、現代のようにコンクリート……ではなく、レンガや石、木材なんかでできている建物もあった。


 いくつもの店があり、野菜に肉、魚、果物、宝石、武具、防具、服なんかも一緒になって店を開いていた。


 人並みは昼過ぎということもあり、やや混雑している。みんな、食べ物の店に群がり昼食や夕飯の材料を揃えている。そして、驚いたことがある。


 「うぉっ……」


 俺の正面には、鷲の頭にライオンの手、馬の脚をもつ、変わった種族がいた。まるでスフィンクスみたいだ、いや、見た目は違うけど、色々なパーツを組み合わせ生物として存在している……そんな感じだ。


 俺はその人をそっと避けて師匠の後へと続く。

 

 ここではぐれたら探すことは途方もなく大変な作業となるだろう。

 そのため俺は長身の師匠の背にピッタリと付き従い、時には師匠のコートを握ったりもしていた。


 師匠は突然人混みを外れると、人のいない砂浜へ歩き出した。俺はもちろんその後を追う。


 そして大きな船が港に停まっている場所から数十メートル離れた砂浜に到着した。

 海は村にあった川ほどでないが、青く、とてもしょっぱそうな海だ。周囲には数本ヤシの木のような木が生えている。


 「あの中で話すのは不可能だ。故にここで話すが、褒美だ。俺が買う間自由に歩き回れ、俺はお前を簡単に見つけることができる故どこに行っても良い。

 ただし、危険な場所には行くな。常時見ている訳ではない、何かあってもすぐには助けには行けん。良いな?」


 「は、はぁ……。分かりました」


 そう言うと師匠は先ほどの人混みへと紛れていった。そして俺は砂浜で一人となった。


 潮の満ち引きの「ザー」という音がただ心地良い。俺は買い物とか、人混みが大の苦手だ。ずっと人の動きの中にいると、気持ち悪くなる。それに、ありえないほど疲れる。


 「せっかくだし、探索するか」


 俺はその砂浜を適当に歩き出す。

 といっても一つの方向へ歩いている。時折、砂のせいで脚を取られたり、バランスを崩したりするが、真っ直ぐ進む。


 思い返せば自分のいる場所について知ろうと思ったことはなかった。大陸の端に位置しているとは全く思わなかったし、こんな街があるとは知らなかった。


 もう少し地理の知識を頭に組み込んでいくべきか……。

 だけど、それに関しては師匠と冒険をしながら学べるし、百聞は一見にしかずだ。教科書なんか見てるよりも、実際に見た方が良いしな。


 そう思っていると前方から俺と同様に一直線に歩いてくる人物が目に入った。


 目を凝らしてみる。

 その人物は少し薄いゴールド色の髪を三つ編みにしたハーフアップという珍しい髪型をしており、エメラルド色の眩い瞳を持っている。スカイブルーを基調としたフワフワの生地の半袖に、清楚な真っ白なスカートを履いている。

 身の丈は俺と変わらないくらいだ、きっと同い年くらいだ。


 加えて手には杖が握られている。

 それは彼女の身長に似合わない、やや長く、サファイアのように透けている宝石が付けられている。その杖は部分的に白銀の金属が用いられている。

 

 俺たちは何も話すことなく、通り過ぎる。


 


 はずだったが、なんと彼女は俺を呼び止めた。まさか、呼ばれるとは思ってもいなかったため、一瞬ドキッとした。


 「ねぇ」


 俺はゆっくりと開けると振り返る。やはり同じくらいの身長だ。


 「ど、どうしたの?」


 「この辺に、ララシ村ってあるわよね。場所ってわかるかしら?」


 「ララシ村……?」


 ララシ村。

 うん、知ってるには知ってるけど、確証がない。きっと俺の住んでいる村のことを言っていることは分かる。この辺にある村といったらあの村しかないって師匠が言っていた……気がする。多分ね、多分。


 彼女はジッと俺を見る。

 口調的にお嬢様というわけではないか、でも慣れ親しみやすそうな人だって俺の経験上言っている。


 「その村って、海に最も近い村って言われてる?」


 「ええ、そうよ」


 「なるほど、じゃあ分かるよ」


 そう言うと彼女の表情は明るくなり、ニコニコ笑っている。

 あー、うん。大丈夫案内するよ。


 「場所は……分かる?」


 「案内してくれると助かるわ」


 そう言われて俺は彼女をエスコートすることになった。

 まぁ、街を探索したかったが、友情を作る良い機会かもしれない。思えばこの世界に来て三人目に話した人だ。やばいな俺、交流の幅狭すぎ?


 俺たちは砂浜を後にし、俺は道案内のため師匠と歩いてきた道のりを遡ることになった。



 「……む? いつのまにか友ができたのか? やはり連れてきたかいがあったな」


 そんな中、師匠は俺への褒美を何にするのか迷いに迷っていた。


 ***


 「随分と険しい道なのね」


 俺は師匠と歩いてきた道のりを歩いていた。その道は、森の中を歩いて行く道だった。正直もっと別の道のほうが良いんだろうが、俺は出歩くことが今回で初めてだ。だから、道のりなんて師匠から教えてもらった道しか知らない。


 「まぁでも、ここが最短の道のりなんだ」


 「そうなのね、それよりあなた一人でこんなところまで来て大丈夫? 私の案内をしてくれることはありがたいけど、家族が心配しない?」


 「大丈夫、師匠なら見つけてくれるよ」


 「ふーん」


 俺たちは緑がいっぱいの草木が生え揃った場所を切り抜けていき、中間地点に差し掛かった。

 中間地点は太陽の光が差しにくくなり、周囲が暗くなってくる。


 俺たちは足元を注意しながら草をかき分けながら、進む。


 「とても暗いわね。ちょっと手を借りても良い?」


 そう言うと彼女は俺の手を握った。

 なんだこれは、青春か? 青春できなかった俺を少しバカにしてるのかい神様よ。

 だけど、子どもは恋愛対象外だ。ロ◯コンじゃないし、中身はもう大人に近い年齢だ。


 「この辺は魔物とか大丈夫?」


 「大丈夫だよ、出たとしてもすぐに倒すから大丈夫だよ」


 とは言ったものの俺は魔物なんて見たことがない。見たことがあるのは強面のバカ強いま……じゃなくて師匠だ。


 恐怖心とかよりも、勝てるか心配だ。

 師匠に言われて真剣を帯びてはいるものの、俺はまだ振れない。だから、真剣の長さの半分くらいのナイフを持っている。


 これくらいだったら、自分の身も、彼女も守ることができる。


 「そういえば、どうしてララシ村に行くの?」


 「探してる人がいるの。ララシ村に向かったという情報を耳にしたから向かってるの」


 なるほど、人を探してるのか……。まぁ、どんな人かは聞かないでおこう。


 「あんたもしかして、あの村の住人?」


 「おー、よく分かったね」


 「羨ましいわ、あたしも村に住んでみたい」


 「住んでなかったの?」


 「いいえ、住んでたわ。けれど、村特有の交流がなかったの」


 「あー、なるほど。俺も交流なんてないよ」


 「あら、奇遇ね。あと、お米……? だったかしら?

それも食べてみたいわ」


 「あー! 分かる! 俺も食べたいよ、そのためにないか調べたけど、ここら付近にはないみたいだよ」


 「そうなの? 残念ね……」


 なんか良いね。

 こうやって気の合う人と話をするとやっぱり盛り上がる。あっちの世界にも何人かその関係の友達がいたけれど、こっちにはいないから少し嬉しいな。


 俺たちは楽しく談笑しながら、進んで行く。その間、彼女は俺の手を支えに進んでいた。森はまだまだ、続くみたいだ。


 「そういえば、どうして一人で行動してるんだ?」


 「……秘密。これは決して口外できないの」


 「なるほどね、厳しいんだね」


 「何とは言わないけど、そうね厳しいわ」


 家のルールか、それとも……。いや、そんなことはない。


 そうして、しばらくの間沈黙が流れていた。


 

 突如、俺は何かしらの違和感を感じた。

 ジッと見られている感じだ。その眼差しはまるで獲物に飢えたライオンのようだ。


 この感じ……魔物だ。

 今までに感じたことがない対人間とは別の圧力を感じる。


 「気をつけて! 何かいるわよ!」


 「みたいだね」

 

 彼女の手がゆっくりと離れ、手に持っていた杖をギュッと握りしめる。

 どうやら彼女も気がついているようだ。これは腰からナイフを抜く。

 対魔物戦は初だ。師匠は見ているだろうが、助けには来ない。「これも稽古だ」とか言ってそうだ。


 「乗り切って見せろ」


 師匠は予想通り、助けに来る気はなかった。まぁ、だろうな。


 「私のせいね、守るから下がってて!」


 「まさか、女の子に戦わせるわけにはいかないよ」


 それを言ったと同時、右斜の草から大きな影が飛び出し、俺たち目掛けて襲いかかってきた。


 これが俺にとって初の魔物との戦い、冒険の始めとも言えるのかもしれない!!

 

 

 

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