未来の光

サンリスタニア王国の公演が始まる一年程前。

王国から公演のオファーがあった。

内容は「可能な限り全国民にFlying Twinkle Caravanの劇を見せたい。」というものだった。

チケット代は全て国が払うと。国が誘致する例はよくあるけどチケット代を全て国が出すというのは珍しい。

ひとまず話を聞く聞きに行こうと考え、キエリスと一緒にサンリスタニア王国に向かった。


国に入ったところで少し違和感を感じた。首都の大きさの割にはあまり人がいないような気がした。

時折馬車などで大きな荷物を持った人達が首都を出ていく様子をよく見た。


そして時折起こる地震。


王宮に着いた。

幻術を使っている様子は無かった。

これは珍しいことだ。


大概王宮など権力を示す建物などには幻術をかけてより大きく、より煌びやかに見せるのだ。


だけどどこにも幻術なんてかけられているようには見えなかった。結界も最低限のものだ。

メイラジュを連れて行く必要はなさそうだ。

キエリスと2人で王宮の前で少し迷っていた。キエリスよりルミオと共に会談するべきか。


キエリスにも副団長として場数を踏ませたいところだがこの国何やら厄介な事を抱えている気がする。

私の勘は大体当たる。悪い勘は特によく当たる。この感じは何かある。どうしたものかな。キエリスを置いて私だけで会談してみるか。


考えれば考えるほど嫌な予感がしてくるな。

キエリスを一人にすることも嫌になってきた。


この公演のオファー、そもそも見なかったことにするか。


いや、話を聞いた上でジャッジしよう。

私は夢を売る商人としてFlying Twinkle Caravanを作ったんだ。私の勘がなんだっていうんだ。

私の決意は、私の夢は、私の償いは、ただの予感だけで捨てる訳にはいかない。


「団長?どうしたの?腕組んで難しそうな顔して」

顔を覗かせるキエリス。

全くキエリスは私よりよっぽど大物だ。

「いやなんでもないよ。それにしてもおおきな王宮だね。」

「ほんとですね!建物も綺麗だし見えるお庭も綺麗ですね。どうしますか?門番の人に聞いてみます?」

「そうだね。国の担当の人にアポが簡単に取れればいいんだけど」


門番に私達の素性を伝えた。手紙を読んで一度話がしたいと思い伺ったと。


少しして王宮の中から担当者と思わしき人が来た。その日のうちに話がつけられるとは思わなかった。


そのまま王宮に招かれた。やはり王宮内も幻術はかけられていない。そのまま待合室で待たされた。

部屋の中は豪華というよりは品性を感じさせるレイアウトと家具が並んでいた。悪くいえば特に特徴のない部屋だ。王宮の客人の待合室をここまで簡素にしているのは珍しい。

頂いた紅茶を飲みながらまた少し待っていたところ先程の担当者がやって来た。


「大変お待たせしてしまって申し訳ございません。実はおふたりに国王陛下が会いたいと申しておりまして、これからご案内いたします。」

「国王!?いきなり!?」

あ、やっちゃった、とこちらを見るキエリス。

うん。自分で気付けただけ成長したね。

ポコっと頭をゲンコツした。

「失礼しました。しかしこちらの急な押しかけにも関わらず、国王陛下にお会いできるなんて少し困惑してしまいまして」

「とんでもございません。国王陛下は貴方方の来訪を心よりお待ちしていました。どうかお会いしていただきたい。どうぞこちらへ。」


やはりキエリスは置いていくんだった。

大体私達が本当にFlying Twinkle Caravanの人間だと確証があるのか?

確証があってもなくても国王に合わせるなんて変だ。

確証がないならただの不審者だし、あるなら私の魔法の技術を知ってなお、国の長が直接会うなんてもっての外だ。私がその気を起こしたら簡単に殺せるんだから。そんなことしないけど。


「わかりました。お目にかかれるなんて光栄です。ただ私一人でお会いできればと、また副団長が粗相をしでかすかもしれないので」

「え゛…」

変な声を出すな。


キエリスが部屋の隅に私を引き寄せ、小声で訴えかけてきた。

「ちょっとなんで私行っちゃダメなんですか?」

「王様に失礼なことしたらキエリス叩き切られるかもしれないでしょ?」

本当の理由はそこじゃないけど。

「大丈夫だって!さっきはびっくりしちゃっただけだから!もう外交官キエリスちゃんモードになってるから!」

「そんなの王宮入る前からなっておいてよ!」

「どうしてもダメ?」

「だーめ」

「わかりました…あーあ国王見てみたかったなぁ」

やれやれ。わかってくれたか。というか動機ただそれだけ!?

どこまでも大物なキエリスちゃんだった。


一際装飾が施された扉の前には門番がいた。槍を持っている。

「それでは中へどうぞ。」

門番が扉を開けた。

広くて白い部屋には赤いカーペットが敷かれていた。大きな国旗や絵画、多種多様な武器などが飾られていた。そして部屋中央に国王が座っていた。この国の国旗をオマージュしたかのような気品さが溢れる服を着ていた。

流石に護衛も中にいるが魔法がどこかにかけられているようには見えなかった。

「国王陛下!Flying Twinkle Caravanステラッチェ団長がお見えになりました。」

「おお、貴方がかの有名な劇団の」

「初めまして。Flying Twinkle Caravan団長を務めますステラッチェと申します。突然の来訪にも関わらずご挨拶させていただき感謝いたします。」

シルクハットを取り深くお辞儀をした。

「いや構わんよ。依頼したのはこちらだ。こんなに早く会えるとは思わなかったよ」

なかなか老けている。髪もすっかり白髪だ。髭まで。

ま、私も白髪だけど。


「手紙の内容を見て驚きました。サンリスタニア国民全てに我々の舞台を見せたいだなんて。この国ではまだ公演はしたことがなかったですが、どこかで私達の噂がお耳に入ったのですか?」

探りを入れよう。この国王と呼ばれる男もまだ本当に国王とは限らないし。影武者の可能性は十分ある。だが影武者を用意してまで私を通す意味があるのか?話だけなら先程の担当者にでも要件を伝えさせればいい。なんなら王宮に入れなくたっていい。言ってしまえばたかが舞台のオファーだ。ここまでのVIP対応は必要ない。

そこまで私達を高く評価して貰えてるというのであれば素直に嬉しいけれどやはり違和感を感じてしまうな。


「確かにこの国では公演はなかっただろうが君達はとても有名だ。『一生で一度は観ておきたい舞台』だと」

今のところ当たり障りのないことばかりをいう。

「我々の舞台を見ていただいた方々からそのような勿体無いお言葉を貰えて大変嬉しく思っています。その噂を裏切らない公演を今もできていると考えています。」

「おお、それではやってくれるか?我がサンリスタニア全国民に舞台を見せるというのは」

「———はい。もちろん。ただ、全国民にというのは、どういう意図なのでしょうか?我々としては多くの人に我々の舞台を見てもらえて光栄なのですが、実際に見たことのない我々の劇を国民に見せたいと仰る理由がわからないのです。」


「一体、何に焦っているのですか?」


感じ取ったまま言ってしまった。

しばらく王座に沈黙が流れた。


「そう。我々は焦っている。我々に残された時間はもう僅かなのだ。」

「それはどういう意味でしょうか?」

他国に宣戦布告でもされていていて抵抗できる力がないなどか?


「我が国のシンボル、イエローストーンが約2年後に噴火するのだ。」


火山が噴火する?遠くに見えたあの大きな山か。なんの確証が?

「噴火、ですか。なぜそれを言い切れるのですか。」

「元は古代人がこの地に残した文献からだ。古代人の人智を超えた科学技術を団長殿も知っているであろう?その予言書のようなものが見つかり、イエローストーンが噴火する日付が示されていたのだ。」


古代人、もう数万年前の話だそうだ。

かつて科学技術が栄華を極めた時代があったという。魔法を使える人がいない時代だったが魔法のようなことが科学の力でできていたと。我々の科学技術はその過去の栄光には全く及ばないと。


だがそんな科学の力は大国同士の戦争の際にもその人の手に余る力を、余すことなく使われた。地表は生き物が住む環境ではなくなってしまった。古代人はシェルターを地下に作りそこで地表の環境が再び人が生きる環境になるまで潜っていたらしい。

この世界の人口の分布はそのシェルターの生存率に比例しているようだ。ヨーロッパ、北欧、アジア、北アメリカの大国には多くのそして質の高いシェルターがあったため、比較的人口が多いらしい。

それらの地域以外にも地下シェルターがあったが地下生活の際に多くの問題があり数多の人がまた死んでいったという。

そしてそれはどの地域のシェルターでも起こったと。

実際過去の終末戦争と地下シェルターの生活で滅んだ国や民族が数多いたらしい。


その遺構が残されているところもある。なんなら建物がそのまま残っている場所もある。

今でも動く機械があるとかないとかというがそれを使いこなせる人間はこの世界にはもう存在しない。

現在でも古代人の遺された機械や兵器により事故や事件が起こっている。

そしてアクイラ帝国はそれら古代人の科学技術を集め解析して勢力を大きくしていた。


もしその文献が古代人の作ったのならイエローストーン噴火はかなり信憑性がある。

「我が国としてもその日付を鵜呑みにはしていなかった。しかし我が火山研究所でもここ数年の火山活動の活発化を確認している。それに…」


また地鳴りがする。否、地震だ。

「地震の頻度がここ最近増えて来ている。火山研究所の見解は2年後と言わずいつ噴火するかもわからないと分析している」

「それで私達に何をしろと?」

「団長殿の言いたいことはわかる。イエローストーンの噴火をただ指を咥えて受け入れるのかとな。だが古代人の残した文献でも火山研究所の見解でもイエローストーンの噴火は防ぐことのできない規模になる。全ての対策案と避難案をサンリスタニア王国全ての力を合わせて考えた。しかしやはり、私達には、人の手には負えないという結論に至った。」

「近隣諸国に助けを求めるのは?この土地は諦めるにせよ、人だけでも受け入れてもらうなどは?」

「もちろんそれも考えた。だが噴火の規模が規模だ。近隣国とて無事ではないだろう。それに国を追われた難民が他国の住民になることを良しとしない国が多い。その果ては我が国民の奴隷だ。我が国として他国の奴隷になることを推進するなど到底できない。」

「それで最期に私達の舞台を見せようと」

「そうだ。」


イエローストーンの活火山、詳しくは知らないが噂程度では聞いたことがあった。噴火による影響が絶大な火山があり、その中にイエローストーンも含まれると。ただもう何万年と噴火していない、その時が今だというのか。


近隣諸国だってサンリスタニア王国と正常な国交がある国ばかりではないだろう。

あの引越しをする人たちや空き家は噴火の事実を知り、自らの意思でこの国を出ていくことを決断したのだろう。


「国民の皆様はそれはご存じなのですか?」

「ああ、伝えた。軍属だろうがなんであろうが国を離れるのなら止めないと全国民に伝えた。すっかりいなくなってしまうかと思ったが離れたのは一部の人間だけだ。我は国王として誇りあるサンリスタニア王国民に最期まで誇りを持って欲しいと考えた。そこで、かねてより噂で聞いていたFlying Twinkle Caravanのことを思い出した。我が国民に『一生で一度は観ておきたい」というステラッチェ団長殿の舞台を見せたいと考えた。」


国王は立ち上がり私に頭を下げた。護衛の兵も合わせて頭を下げた。

「噴火の時期はわからないが古代人の予測通りならまだ猶予は2年間ある。もし危険を感じたなら公演予定を打ち切ってもいい。最期にこのサンリスタニア王国に光を見せたいのだ」



答えは今すぐにとは言わない、十分に検討して欲しい。貴方達の安全にも直結する。

そう言われてキエリスと合流して王宮を出た。



サライに戻り、ルミオにサンリスタニア王国との会談内容を話した。

「…そうか。」

ルミオは静かに聞いてくれた。

「それでステラッチェはどうしたいんだ?」

ルミオ、私と共にアクイラ帝国を抜けたFlying Twinkle Caravanの総務兼経理担当者。


「僕は、いや僕達は君の方針に従うとしか言えないよ。君がしたいことを全力で支えて形にするのが僕達の役割なんだから。」

帝国を抜けて魔法劇団を創設してからずっとこうして支えてくれた。

「私は…公演がしたい」

「公演?そっちじゃない。公演はきっとやると思っていたよ。やるかやらないかはサンリスタニア王国の方だ。」


色んなことが頭を駆け巡る。サンリスタニア王国民全てを助ける手立てを。

「助けたい。けどダメだ。国王の言う通り防げないし逃げられない。」

「転移の魔法は?」

「技術的には可能」

「…転移した後が問題だな。結局難民になり路頭に迷うだけか。」

そう。一度逃げれば良いという簡単な話ではない。下手したら北アメリカ大陸のみならず地球規模での大災害だ。

「となると僕らに手を出せるとしたらザーラに頼むか、しかない。」

そう。私達にはサンリスタニア王国を一時的に助ける手段が2つある。ひとつは転移の魔法で何処かに避難する。しかしやはりこれは難民を生むだけで解決には至らない。片っ端から今まで訪れた国のことを考えるが王国全人口は無理だ。分散したとしてもやはりそれは現実的ではない。


もうひとつの方法、しかしこれもダメだ。

「駄目だ。ザーラにどれほど力があるか、もしかしたら全国民相手でもできるかもしれないけど、やはり意味がない。」


他に、他に手はないのか?

何より時間がない。火山本体をどうにかするか?

いや、国王の言う通り人の手に負えない。

いくら私だって。


「サンリスタニアは僕達以上に考えたんだと思う。その上で諦めた。あの地と運命を共にすることを誓ったんだ。そんな話を聞いて僕だって助けたくなるけど、やはり僕達にも解決できない。」


「僕達はサンリスタニア国王のお望み通り、いつも通りに舞台に立つことしか出来ない。そうくればやることはひとつ、いやいつも通りにだ。」


改めて決意した。いや心が決まった。

そうだ、サンリスタニアは最初からひとつしか我々には要求していない、


「私達にできる最高の舞台を。サンリスタニアに。」

ルミオは静かに頷いた。


それから諸々の予定を変更し、サンリスタニア王国での公演をすることにした。

一部の団員にのみ噴火のことを伝えた。

噴火と舞台は関係がない。

私が勝手に、お節介でなんとかできるのではと考えただけだ。

街の人から噴火のことを聞いた団員もいただろうが聡明な私の団員はわかってくれた。


危ないと判断した時点で即刻サンリスタニア王国を離れる。その条件を王国が飲んでくれた上でサンリスタニア王国の公演が始まった。

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