泡立つ夜に

「到着!いやー疲れた疲れた!」

「キエリス前よりもずっと力ついたね。」

「ふふーん。私まだまだ成長期!」

キエリスというお姉さんが両手を掲げ力こぶポーズをした。力こぶなんてできてない。


町を後にし2人に連れられてどうやら目的地に到着したらしい。キエリスの魔法で結構な距離を駆け抜けた。

とはいえ辺りは夕暮れも過ぎて薄暗い。



気付くと目の前に立派な建物が現れた。高さもありかなり大きい。

地面を見るとぼく達3人は石に掘られた円の中にいた。石畳で囲われたこの建物自体も円を描くようにできているようだ。


「ここが私達の劇団の本拠地だよ。…下の円が気になるの?これは転移の魔法で使う時のマークだよ。ここにくる途中もあったでしょ」

「瞬間移動みたいなものなの?」

「まぁー結果はそうなんだけど、そういうことでいっか。」

キエリスが言う。そんなのはいいからと。


ドアを開けて細い通路を進む。長机がいくつも並んだちょっとした広場に着いた。

中には誰もいない。


「さ適当に座って。実は忙しくてね。みんな色々準備してるからそれの応援もしなきゃいけないところでね。」

ステラッチェ団長、と呼ばれた人がそう言った。机に足を組みながら座りぼくに話しかけた。

「いったい何が始まるんですか?」

「そりゃ劇だよ。ここは劇の会場だよ?」

気付いたらキエリスはいなかった。転移の魔法で何処かへ行ったのだろう。

「本当は今からでも君のことを聞きたいんだけど、それは明日になっちゃうかな。劇が終わったらみんなここに集まるからそこで君を紹介するね。」

「あの?」

「どうしたの?」

首を傾げるステラッチェ団長。

「ぼくをここに置いておいていいの?」

「?どうして?」

さらに首を傾げるステラッチェ団長。

「だってさっきは一応戦ってた同士だし。」

「あぁ、逃げたきゃ逃げても良いよ。もしそうなってもベールならわかるしね。おーい!ベール頼んだよー!」

広場の隅に叫んだ。よく見ると憔悴しきったようなボサボサの髪の男がいた。全然気配がしなかった。

「わ、わかった…」

顔色が悪い。遠くからでも隈があるのがわかる。

「気にしないで、大体いつもああだから。いやそうさせてしまってるのは私なんだけど…」

ベールと呼ばれた人に何をさせてるんだ?それにベールなら逃げてもわかるとも言っていた。

「そうだベール!この子の話し相手になってあげてよ!プレンツを劇が始まったら客席のところまで案内してあげて!」

「わかった…わかったからあまり声を張り上げないでくれ…頭がガンガンする。」

「ごめん!!!」


張り上げている。


「じゃプレンツ!積もる話は私もあるけどそれは後でね!公演が終わったらみんなでご飯食べよう!じゃ!」

駆け足でステラッチェ団長が行ってしまった。


ベールと呼ばれた人の近くに行ってみるか。

顔色が悪いけど大丈夫なのか。


「あの」

「プレンツくん…だね。はじめまして。よろしくね…」

「よろしく、あの大丈夫なんですか?」

「ああ、いつものことだから。慣れてはいるけどしんどいね…」

近くに来ると改めて生気のない男だ。歳は…30歳ほどだろうか。深緑のワイシャツに藍色のズボン。ステラッチェやキエリスの格好とは全く違うだいぶ落ち着いた服だ。シンプルな服だがだらし無さは感じない。


「あなたも劇に出るの?そんなに疲れてて大丈夫なの?」

「いやぁぼくは出ないよ。ぼくはしゃぼん玉を作って維持するのが仕事なんだ。」

しゃぼん玉?泡立てて子供が遊ぶようなあれ?

「しゃぼん玉を作ってどうするんですか?」

「この劇場は実は何重ものしゃぼん玉に包まれているんだ。建物だけじゃなくて客席や舞台、お客さんもしゃぼん玉に包まれているんだよ。」

建物がしゃぼん玉に包まれている?だけどしゃぼん玉なんていまの今まで見えなかった。

「もちろん工夫して肉眼で見えにくくしてるんだ。」

「でもなんでそんなことするの?」

「しゃぼん玉はただのしゃぼん玉じゃなくてね。セキュリティと保護のためにあるんだ。」

セキュリティ?しゃぼん玉が?保護とはなんの?


「ぼくたちの劇は見たことある?」

「いやない」

「そっかぼくたちはただの劇じゃなくて魔法も使った劇をやるんだけど例えば火の魔法を舞台でやったらどうなる?」


先程の戦闘を思い出す。槍を塵にするほどの大火力の魔法。あんなのを客の前で会場でやるなんて。


「大火事どころの建物が消し飛ぶよ!」

「そう。しかもそれが大抵2時間ほど続く。」

「いやいや!この建物使い切りなの!?」

「使い切り?あっはは面白いことをいうね。そう、そこでぼくのしゃぼん玉が役立つんだ。しゃぼん玉には魔力が蓄えられていて演技で行う魔法から建物と人を守ってるんだ。」


よっこいしょと立ち上がりながらベールは続ける。

「それを何重にもすることで安心して観劇できるようにしてるんだ。もちろんみんなプロ中のプロだからね。大袈裟な魔法の割には威力は抑えめだけど、ノってくるとたまに威力が高くなっちゃうもんだから。なかなか大変なんだ。」


そうかこのベールって人はそんなしゃぼん玉を何個も管理してるからこんなに疲れ切ってるのか。聞いているだけで大変そうだ。


「中を案内しよう。付いてきて。」


広場から出てまた廊下を歩く。

この人、立つと結構背が高い。

「ここは劇の公演もやってるけどぼくたちの住居でもあるんだ。いろんな国に行くけど行く先々にホテルとか団員みんな泊まれるところがあるとは限らないからね。」


床はカーペットが敷かれ、壁は大理石のような石でできているところと木の板でできていたり、場所によって様々だ。

「あそこがキッチン。そして右手のドアが女性の宿舎で左が男性陣のほう。女性の宿舎に入ったりしたら文字通り命はなくなると思うから気をつけたほうがいいよ。」


まぁ君はまだ子供だからそんなことはないかな、とそんなことを言った。

そんな危ない博打はしない。


「あと地下に医務室があったりするんだ。金庫室とかね。」

「そういうところもしゃぼん玉張ってるの?」

「うん。セキュリティってやつだよ。」

微笑みながら人差し指を掲げ小さなしゃぼん玉を作るベール。

かなり疲れてそうだけどこのひと結構おしゃべりだ。しゃぼん玉なんて作らなければ結構明るいひとなんじゃないか?

「どうして、この団員になったんですか?」

「え?」

「劇団に入るっていうんだから舞台に立つならわかるけどただしゃぼん玉作って魔力を流してるだけでしょ?見たところかなり大変そうだし」


ふふっと笑うベール。

「そうだね。実はしゃぼん玉全部ぼくが管理してるわけじゃないんだ。」

「そうなの?」

「うん。7割はぼくで、残りはステラッチェ団長が管理してくれてるんだ。」

「そうなの?」

「ああ、あの人はしゃぼん玉も管理しながら劇に出るんだ。そんなことあの人にしかできないよ。」


「質問はどうして劇団に入ったのか、か。そういえばまだ君はここの公演を観てなかったと言っていたね。ではお見せしよう。きっと見ればわかるよ。実は話に夢中でもう公演は始まっているんだ。さぁ舞台へ案内しよう。」


狭い廊下を歩き笑みを浮かべるベールさんと共に舞台へ向かった。

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