第5話 点滴ごはんと、シャワーの陰謀

そういえば、同室の人、面会とかないなあ。そんなものなのか。

ここの病院の面会は比較的ゆるい。

回数制限はないし、小学生も入れるし、面会時間も長い。

一緒にいたい人には助かる、が、誰も来ない。

来なくていいんだけどね。一人が気楽さ。


強制収容3日目(日曜日)朝

入院生活も、なんとなく慣れてきてしまった。慣れるな危険。


いつも通りのルーティンが進む。

夜中は看護師さんが点滴の補充やちゃんと落ちているかチェックに来る。

朝は回診が来る。体温、血圧を測って、お通じの有無を聞かれる。

絶食なので何も出ない。「ないです」


昨日から栄養はすべて点滴。

消化器官の稼働時間はゼロ。

出る方がむしろ奇跡。

でも、ちゃんと聞いてくる。

「お通じはありますか?」

律儀すぎる。


隣のエリちゃん(仮名)は、しばらく下痢気味らしい。

「また下痢でした〜」と明るく報告している。

こちらからしたらどうでもいい話だ。


さらに、「ごはんの量が多すぎて食べきれない」とか、

「もうメニューに飽きた」とか、いろいろ文句を言っている。

かわいい顔(推測)して、かわいい声して、話す内容はかわいくない。


いやちょっと待てぃ。

あんた、ごはん出てんだよ?

こっちは点滴だぞ。

メニューもない。量もない。食感もない。

ポタポタと落ちる無味無臭の栄養液が、私の“ごはん”。


食べ飽きるほど食べられることが、どれだけ贅沢か。

「飽きた」とか、こっちは一回も味わってないんだよ!


さて、今日はシャワーだ。

最高のエンターテイメントがシャワーだ。

看護師さんから説明を聞いて、シャワーの予約を取った。

みんなが優雅なランチをしている、超絶暇なタイミングにこちらは優雅にシャワーを浴びることにした。


シャワーの予約表に、見たことのある名前があった。

めちゃくちゃ珍しい苗字にこの下の名前のセットとなると、

アイツしかいない。中学校のとき同じクラスだったN君じゃないか!

一緒に日番をしたこともある。

それ以来約25年ほど見たこともないので、あのチビクソガキのイメージしかない。


もうN君もいいおっさんになっていることだろう。


N君よ、君はどうして入院しているんだい?どこか悪いのかい?

入院しているんだから体調不良であることは確かだろう。


さすがにN君のすぐ後に入るのは嫌なので、

N君のシャワー終了時間の次の枠を飛ばして予約をとった。

それがちょうどランチタイムだったのだ。


シャワールームって毎回掃除ないし、汚かったらやだなあとか思いながらも、体をリフレッシュできるなんて最高じゃないか!と考えを切り替えてみる。


さて、シャンプーやボデーソープについて看護師さんに聞いてみると、

無ければコンビニで買ってくるとのこと。

仕方なく、この一回のシャワータイムのために、コンビニへの旅に行くことにした。

入院後、「はじめてのおつかい」である。

濁ちゃん、シャンプー買うの。一番小さくて一番安いやつ。

ドーレミファーソーラシード、ドーシーラーソーファーミレ

と、あの番組のテーマソングを歌いながら5才のつもりでコンビニに行ったものの、

「ちょ、まぢ?」

急に、世間を知り始めたギャルになる。


目に入った商品、ニベアのハンドクリームが350円くらいしてる!

「え!うそやん!」

そして、酸いも甘いも体験したおばはんになる。

〇〇薬局やったら190円くらいやで。

コンビニってそんなに高いの?病人はここでしか買えへんから、ええ商売やわー。


てなわけで、

リンスのいらないメリットと

ビオレuボデーソープを買った。南くんの恋人サイズのミニボトル。

1回しか使わないと思えば大容量である。


ようやく優雅なシャワータイム。

シャワータイム15分前にメンズ看護師さんが、点滴の管を抜いてくれる。

抜くというか、途中で止めて一旦外してくれる。そして、その上から防水用の袋を被せてくれる。

その様子を見ていて、

「そんなんじゃ、水入りまくるやろ」

と思うも、彼の自尊心を保持するために、「ありがとうございます」と言っておく。

濡れてもたいして支障はなかろう。


お風呂場へ行く。どでかい風呂。

鍵は閉まらないらしい。

なんかあった時に、外から開けられなくなるからだろう(推測)

にしても、誰か間違えて入らないかちょっと不安。


風呂場には右手に銀色の湯船、

左手にはシャワーブースがある。


その棚には、なんと、

ソフトインワンのリンスインシャンプーとヨモギなんとかのボデーソープが置いてあった。


買わなくてもあるじゃないか。情報がうまく流れていない病院だ。

くっそー、高かったんだぞ!!!この気持ちが分かるか!!!!!!

入院中、収入ゼロというかマイナスやぞ!!!!!

と思いながらも、せっかく買ったので使うことにした。


次の人が来るという強迫観念にかられ、5分ほどで洗浄終了。

頭も、思っていたほど臭くなかった。

久しぶりに人間らしい行動をした。


風呂場からの帰り道、例の防水下手看護師に出会い、シャワー終了を告げる。

備え付けのドライヤーで髪を乾かした。

顔にはニベアハンドクリームをつけ、その上から日焼け止めを付ける。

室内でも紫外線は届くのだ。


乾かした髪は想像以上にボンバーになり、どうしようもない。

ヘアオイルなんて贅沢な物ここにはない。

また、脂が頭皮から流れてくることを待つしかない。


さて、防水ズブズブの点滴は、金魚が泳げるほど水が溜まりまくっていた。


ナースコールで呼び、点滴再開を頼む。

違う女性看護師が来た。

点滴を再開し、薬が流れてくると痛い。

「痛い」と言うと、

「シャワー再開(シャワーの後点滴を再開することをそう言うらしい)したらうまくいかないこと多いのよねー、ブツクサ」と

言って、やり直してもらうことにした。

つまり、針を抜いて違う場所に針を刺し直すのだ。


「この人私の担当じゃないし」みたいなことをぶつくさ言いながら、面倒くさそうに帰っていった。担当看護師を呼ぶらしい。(なんじゃこいつ、来たならやれや)


そうしている間に、さっきの防水下手看護師がやってきた。

これまで左手にしてきた点滴を、右手に刺すと言う。右手は聞き手なので避けたい。

しかし、明日退院するから、まあ、寝てるだけだし、なんでもいいや。


と思ったけど、

いざ右手に点滴を刺してみたら、不便。邪魔。

さすが利き手だわ。


私のご飯は点滴100%なので、

点滴を外せば脱水状態になる。

我慢するしかない。

どれもこれも、魚を食べたのが悪い。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る