第七話 神獣の子ら
「えいやっ!」
ラクの放つ剣撃が、四つの残像を描いて一角の兎を突き刺し、切り裂く。
大型の豚ほどはある丸々とした兎は、耳障りな鳴き声を上げながら倒れ、少しの間もがいた後に沈黙した。
「う、やっぱりちょっと罪悪感あるなあ……。キズナみたく苦しませずひと思いに仕留めて上げられればいいんだけども」
「うーん、お前の場合文字通り手数が武器だし、仕方ないんじゃないか?」
「そうかもしれないけどさあ」
自分の方も二体の兎を仕留めているキズナが、それを遂げた剣の血を拭いつつ返事をする。しかし、言われたラクの方は今一つ納得していない。
「まあ、確かにこいつら……アルミラージだっけか、地球の兎よか獣っぽさが強いとは言え気分はよくないかもな」
「まあ狩りなんてしたことないからね、その辺は慣れなのかなあ。この魔獣の肉も毛皮も、僕らだって世話になってるらしいし……うん、納得しよう」
そういいながらラクは兎の傍らにしゃがみこみ、「ごめんね」と四つの手で二つの合掌を作った。
「ともかくこれで討伐ノルマは達成かな、いつも通り見回りに回るかい?」
「いや……別に見回りをしてるつもりは無いんだけどさ」
「まあ割りと偶然だものね、あちこちで人助けして回ってるのも。女の子たちの間では困ったら君を探せみたいな話が出回ってるけど」
ラクの言う通り、キズナが三日に一度の討伐訓練であれこれ人助けをしている結果になっているのは、ほとんど偶然の成り行きだった。
それにより他の候補生、特に自分たちで戦いたい訳でもない女性陣にそうした話が出回っていることも、正直に言えば本意ではないというのが彼の意見だ。
命に関わるような重篤な危険からはリィナの杖が守るだろうこともあるが、そもそもそうして頼ってばかりでは成長もないだろうと彼は思わなくもない。
ラクの事も、キズナは極力過剰に助け船を出さないことを心掛けている。
無論、自分のように常に命の危機に晒され続けていては、いずれはむしろ成長を阻害することすら多分にあるとも考えていたが。
「……お前は健やかに育ってくれ」
「どうしたんだい、疲れたお父さんみたいな事言って。勿論すくすく育ってるから平気さ?」
四つ腕で『出』のような形を作り細腕の力こぶを主張するラクに、キズナは思わず苦笑してしまった。
「まあキズナが難しい顔をするのも分かるけどね、野郎どもには面白く思われてないっぽいし」
「あー、まあそれは別にそこまで……やっかみは慣れてるよ」
「ほほお、言うことが違うねえ」
けらけらと揶揄うラクにキズナは「はいはい」とすげなく手を振り、地面に懐から取り出した玉を投げつける。
匂い玉と呼ばれるもので、ダインの程ではなくとも鼻の効く者が多い彼の部隊に、倒した魔獣の位置を知らせ回収を依頼するものだ。
「ぼくらには何も匂わないけどねえ」
「まあ、犬笛みたいなもんじゃないか? 便利でいいだろ」
「犬笛って、まあ確かに彼らはその血を引いてるそうだけども!」
ちょっとばかり怒ったような顔をして見せるラクだが、いわゆる振りであって本当に怒ってるわけではなかった。
ラクもしばらくキズナと行動して、彼のこうした皮肉げな言い回しが悪意を持ったものではないことを知っていた為だ。
「まあいいさ、とりあえずこの辺りはもう魔獣も寄って来なさそうだし、奥まで行こうか」
「ああ、そうだな」
ラクが先導して草木を切り払いながら、二人は森の奥へと進んでいく。
今日はいつもの訓練とは違い、彼らが今まで足を踏み入れた事のないエリアまでやってきていた。
「それにしてもこの森って本当に広いよねえ。ここまで来てもまだ森を抜けるまでは半分くらいなんだろう?」
「らしいな。森そのものが結界になっていて許可がなければ入れないらしいけど」
「神秘の森林国だものね。それなのにその実情は、世界で一、二を争う魔法技術を扱うらしいのが面白いよ」
「その割には文化や風俗的な面はあまり発展して無さそうだけどな。その辺は閉鎖的な環境とか、外国まで赴いて戦ってるお国柄があるのかも知れない」
「ああー、例えば漫画みたいなものって見かけないものなあ。僕らで言うスマホみたいな情報端末も、一部の人が使ってるだけみたいだしね?」
取り留めもなく世間話をしながら、彼らは奥へと進んでいく。
しかし、キズナの歩みが唐突に止まった。
「どうしたの?」
「いや、何か────」
疑問を持って振り返ったラクだが、彼もまたすぐさま異常を感じ取ることとなった。
何故なら、彼らの向かう方向から大きな爆発音が聞こえてきたからだ。
「行くぞ!」
キズナはそう言うや否や、草木を切り払うラクを飛び越し、木々の間を枝を飛び回って先へ進んでいってしまった。
その後ろ姿を見て、ラクは仕方なげにため息をつく。
「全くもう、素直じゃないなあ」
そんな風に口にする彼だが、次の瞬間にはその顔に楽しげな表情を浮かべ、自らも樹木へ飛び移った。
◇
「キィーー! キキーーー!!」
異様に大きな猿だった。
落ち窪んだ眼窩には瞳が入っているかも分からず、薄黒い毛並みからは獣臭が強く放たれ、獣はマナカを押し倒そうと灰色の両手で彼女の持つ槍ごと体重をかける。
マナカは両足を踏ん張りながらも、フェイントで引っ張られて得物を奪われることのないよう警戒する。
しかし、獣の二メートルはある体躯から放たれる力は彼女のそれを上回り、じわじわと身体を反らされながらどうにか耐えていた。
「シャーーー!!」
威嚇の意か、大猿は顔を近づけて牙を向く。
猿の飛ばす唾が彼女の顔に飛び、そのひときわ強い獣臭に彼女は目眩がする思いがした。
「く……この──!!」
彼女は槍に魔力を込め、穂先のみならず柄ごと紫の炎で包む。
「キィッ!?」
大猿はその熱に驚き声を上げて槍を離した。
マナカはその隙を逃さず、手を持ち替える勢いのまま回転させ逆袈裟に猿を切り上げる。
切り口から紫炎が吹き上がり、大猿は仰け反るように後ろへもんどり打って転がっていった。
「やった──!」
マナカの後ろで血を流す肩を抑えていたユウカが喜びの声を上げようとするが、反面マナカの顔色は明るくない。
何故なら、大猿は何事もなかったかのように立ち上がったからだ。
「この子、頑丈だな……」
マナカは槍を構え直し、大猿は怒り狂ったのか地団駄を踏んでしきりに威嚇をしてくる。
大猿はひときわ大きな声で叫ぶと、マナカに向かって駆け出してきた。
「やって……みようかな」
大猿が凄まじい勢いでマナカに飛び掛かる直前、マナカの側も機を狙って宙に跳ね上がる。
視覚から獲物が消えたことに大猿が驚き宙を見上げる刹那、その首筋に槍の穂先が突き刺さった。
マナカはそのまま刺さった槍を杭にして大猿の背中に取りつき、全力の魔力を込めて紫炎を獣の内側で爆発させる。
大猿は断末魔を上げることすら出来ずに、ふらふらとよろめいた後地面に倒れ付した。
「や、やった、キズナくん──!」
「マナカ危ない!!」
飛び掛かる相手の意表を突いて頭上から攻撃する技は、キズナの得意とするものだ。
マナカは上手く命中させ、大猿の息の根を止めた。
しかし気を抜いて息をついた瞬間の彼女を狙い、茂みの奥から飛び掛かってきた影があった。
その影が振るった鋭い爪から、飛び出したユウカがマナカを庇って背中に傷を負う。
「ユウカ、なんで!」
「ご、めんマナカ……私たち、全然役立たずで……。こんなことしか出来なくて……」
ユウカがマナカの腕の中で、傷の痛みを堪えながらどうにか言葉を紡ぐ。
そんなユウカを抱き抱えるマナカを庇い、ニナとハルナが大猿の前に立った。
彼女たちの足は震えていたが、歯を食い縛ってユウカに爪を振るった、新たに現れた大猿を睨み付ける。
「ユウカの……言う通り……私たちだって……戦う」
「その通りです。怖いけど、だからこそマナカさんにばかりそんな思いさせられません」
「ニナちゃん、ハルナちゃん……!」
大猿は興奮したようにわめき声を上げ、両の手を叩き始めた。
まるで嘲笑っているかのようなその仕草に、マナカは強く唇をかんだ。
「一体なんなのこの子たち……他の魔獣とは明らかに違う。知性もありそうだし、やけに強いし、それに……」
マナカがそばの地面に視線をやり、そこにあるものを見つめる。
「リィナ様の杖……動かなくなっちゃったね」
「うん、まさかあんなので無効化しちゃうなんて」
マナカの言うあんなのとは、この大猿が投げた糞のことだ。
現れた三匹の大猿のうち、最初の一匹を難なく倒した杖も、不意に現れた二匹目が投げたこれを受けると途端に動かなくなってしまった。
「もしかすると、魔力を無効化するとか、接続を切るとか、そういう力があったのかも」
「リィナ様……あれ回収するのかな」
ユウカが明後日の心配をしている最中も、大猿との睨み合いは続いている。
だが、そこで大猿の興奮が最高潮に達し、ニナたちに目掛けて駆け出してきた。
彼女らはそれを迎え撃たんと武器を身構える。
しかし─────。
「────え!?」
大猿は飛び掛かる直前で近くの樹木に向かって跳び、三角跳びの要領でその背後にいる、ユウカを抱えて動けないマナカに向かって牙を剥いた。
「くっ────!!」
とっさの事で動けないマナカが思わず、ユウカを庇いながら目を閉じて歯を食い縛る。
しかし、想定していた痛みや衝撃は彼女の身体を襲わなかった。
何が起きたのか分からず、彼女は恐る恐る目を開いて、そこにある光景に驚きの表情を作った。
何故ならそこには、飛び掛かった大猿の下顎から脳天を貫く、キズナの姿があったからだ。
「キズナくん!」
「よう、毎度ギリギリで悪いな」
大猿に剣を刺したまま、振り返り様に不敵な笑みを浮かべてみせるキズナ。
マナカはそれを見て、表情を堪らずと言わんばかりに綻ばせた。
「ううん、全然!」
キズナが剣を抜き去り、大猿はその場に倒れ伏す。
今度こそ新手が現れる事はなく、マナカたちはほっと胸を撫で下ろす。
「それで、こいつらはなんだ。リィナの杖の気配も感じないし、今の本気で危なかったろ」
「リィナ様の杖は……あそこ」
武器を下ろしたニナが、嫌そうな顔で指差した先にあるものに、キズナも思わず顔をしかめる。
「これは……あいつも不憫な……」
「にいちゃん、ここにいたか!」
するとそこに、焦った様子でダインが部下を引き連れて飛び込んでくる。
「ダイン、これは何が起きてる?」
「襲撃だ、十二神獣の一体である、シュウキヒの配下たちが森に侵入してる」
「十二神獣って、あのマガミってやつと同格ってことか?」
ダインは部下に指示をして、怪我を負ったユウカの治療に当たらせながら頷く。
「ああ、だが親玉は勿論来てねえよ、来るならマガミ様から何も聞かされない筈がねえからな。今回は下っ端を使った嫌がらせだと思うぜ、定期的にはあるんだ」
「そうか……その割には慌てた様子じゃないか?」
「そうだな……時期が妙なんだよ。やつらが定期的に更新される森の結界を突破するには、解析の時間が短すぎるんだ。前回の襲撃からまだ三ヶ月も経ってねえ、いつもは一年にいっぺんあるかねえかなのに」
一年に一度は他勢力から襲撃を受けるという話は、キズナにとってもやはり平和とは言えない異世界の事情を感じるものだった。
ダインの話し通りなら、その上更に裏がありそうだと彼は考える。
「ふうん……ともかく、俺を探してたってことは手が必要ってことだろ。何をすればいい」
「話が早くて助かるぜ。言う通り手が足りねえんだ、候補生たちの撤退と侵入者の殲滅を援護してほしい」
「リィナの杖は……」
「姐さんも杖で守っちゃいるが、奴らは兄ちゃんほどじゃなくとも勘が鋭い上に、これは兄ちゃんとは違って魔力探知がかなり上手い。遠隔で数十本バラけさせた杖じゃ姐さんも苦戦してる……ユーク、にいちゃんを先導しろ!」
ダインに指名され、灰色髪の少年がキズナの前に出る。
おそらくまだ十四、五の少年だが、瞳の鋭さは戦いに身を置く覚悟を感じさせた。
「俺たちも手分けして撤退支援と殲滅にあたる! にいちゃんも気を付けろよ!」
言うや否やダインは金狼となりその場を離れていく。後に続く部下たちもマナカたちの護衛を残して、他は狼へと変じ駆けていった。
「よっしゃ、じゃあ行くかラク」
「おうともさ! ようやくぼくにも活躍の場がありそうじゃないかい?」
肘を抱えてストレッチをしながらのキズナの言葉に、ラクが気楽そうに答える。
ユークと呼ばれた少年も狼へと変じ、二人を先導する構えだった。
「キズナくん、私も……!」
だが、それをマナカが呼び止め、自らも参戦の意思を示す。
しかし、キズナは首を横に振った。
「いや……お前はそいつらを無事に帰してやれ。後ろに控えるやつにも戦える人間が必要だろ」
「う…………わかった、気をつけてね?」
「ああ、そっちもな」
痺れを切らさんとするユークに合図して、キズナは彼の後ろについて駆け出す。
マナカはそれを心配そうに見送ったあと、怪我をしたユウカを気遣う。
「ごめんね、マナカ……あたしたちがいなきゃついていけたのに」
「そんなこと言わないで、皆の事も大事なんだから……でも」
マナカはキズナの去って行った方角へ目を細め、彼の姿を探す。
その後ろ姿はとうに見えなくなっており、深い森の景色が視界を阻むのみだった。
「無茶しないでね」
マナカにとって彼が強いと分かっていても、自らを省みない彼のことを心配しない訳にはいかなかった。
振り返った視線に存分に祈りを込めてから、彼女はユウカの肩を支えてその場を後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます