冬 契り【下】

クリスマス

 十二月二十五日。クリスマス当日は、朝九時から翔が来てくれていた。

 病室に、二つそれぞれの小さなケーキが並ぶ。私のはショートで、翔のはショコラだ。


「そう言えば、雨宮君からクリスマスの手紙が来ているの」


 久しぶりの甘いスイーツを口に含んで、私はベッドの側に掛けられたサンタ帽を取った。

 中には、ピッタリと挟まった封筒のようなものが入っている。


「あ、雨宮が被ってたやつじゃん。粋なことするなぁ。開けてみようよ」


 翔もそう言うので、開けることにした。とは言っても、中身は昨日の時点で読んでいる。


「拝啓、斎藤直美さんへ」


 そうして、私はその手紙の内容を音読し始めた。


「メリークリスマス! と、この手紙が渡ったらいいなと思います。翔と一緒に、今この手紙を一緒に見れていたらいいなとも思います」

「しっかりしてる」


 翔が口を挟む。でも、私はあまり違和感を持たなかった。むしろ、想像通りだと思った。

 私は一回軽く咳払いをして、続ける。


「まず、俺から一つ質問です。二人は、一体どんな関係なのでしょうか。恋人? 友人? 俺には当然分かりません。でも、二人が互いを求めているというのは、嫌でも分かりました。だから、俺は二人にこの手紙を渡したのです」


 また読みながら、喉に違和感を感じる。翔の方を見ると、何だかぼーっとしていた。考えているのか、それともそんなに雨宮君の対応が違うのか。


「んね。求めてたの?」


 私は一言、ちょっかいを出す。


「そっちこそ」


 すると、案外聞いていたようで、即答だった。互いを求めている。それは、私も翔も、きっと嫌になるほど分かっているんだと思う。


 でも、私はこの先の言葉を伝えたい。

 再び、音読を続ける。


「二人の仲は、きっと生涯唯一の逢瀬おうせ。つまり、この時限り。の関係です。悪く言うのは、勘弁して下さい。それをわかっていて、俺は二人を会わせました。だからこそ、互いの一番いい状態を、悔いの無いようしてください。美しさとか、体裁とかどうでもよく。正直で、いてください」


 美しさとか、体裁とか。私は、そんな言葉に引っ掛かって、ずっと解けなかった。

 例えば、我儘だったり、我慢だったり。それって、体裁と美しさを保つためってことじゃないのかな。


「翔。私たち、この関係って、一体何なのかな」


 だからこそ、私は確信を突きたかった。私が誰なのか。翔にとって、どんな位置にいるのか。


 大切な人でありたい。放さないって、言ってくれたから。


 翔はショコラのケーキをフォークに刺し、皿の際に添えた。

 前を向くと、ちゃんと翔がいる。


「もちろん。一番大切な人だよ」


 ……本当に、望んでた通りの答えだった。

 でも、私はそれだけじゃ満足しない。翔と一緒にいれば満足だなんて、そんな思いで終わりたくない。


「それって、今だけでしょ?」


 私は自分のショートケーキを、翔の口元に差し出して言った。

 翔の驚いた表情。開いた口に、そっとケーキを捻じ込む。


 咀嚼しながら、数秒経つと、驚きは困ったような顔になった。


 さすがに、意地悪すぎたかな。


 私は深呼吸をして、翔に目を会わせる。困ったような顔が、さらに深まったような気がした。

 でも、こんなことを言われたら困るのは、最初から分かっている。だから、私は我儘になれた。


「だから、私はまだ、翔と付き合ってあげない!」


 病室の防音効果を信じて、私は大声で叫んだ。


 ショックが強かったのか、翔のフォークが床に落ちる。

 私は微笑した。そして、そっと付け足した。


「翔が、県大会優勝するまでね」


 病室の中から見える空は、曇りない蒼空だった。太陽の弱い日差しが、窓の外を映している。


 眺めても、冬の寒さを感じない今、冬らしい姿は土手の枯れた草のみ。

 その姿を、私に重ねてしまったのだ。手紙を読んだ時、私の命の短さを、雨宮君に突き付けられているような気がした。油断したら、すぐ死ぬと。


 点滴の無い今、私の姿は健康そのものかもしれない。はっきりとした頭蓋骨以外は、全て健康に見える。

 だからこそ、こんなに調子のいい言葉を言っておきたかった。彼の力を借りて、彼ともっと生きていたかった。


 彼の努力を陰から照らす、太陽になりたかった。

 あの日の、あの夏の斜陽になりたかった。

 彼の目指し続けて、彼の努力の原因として、いつまでも彼の記憶に残っていたかった。


 美しい、私として。


 けれど、今や彼の方が美しい。 彼の方が輝くべきだ。

 だからこそ、その月を永遠に照らして、月が太陽を忘れないように、私は我儘に彼を照らしたのだ。


 諦めたわけじゃない。彼に、私の全てを託そうと思ったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る