生涯宣言

 クリスマスイブ。今日はそんなめでたい日だ。


 雨宮君が言うには、今日は翔の部内戦で、レギュラーになれるかもしれない日なのだそうだ。

 だから、今日は病室に待つように言われた。レギュラーにして、戻ってくる。と強気なことを言っておいて、来なかったらどうしよう。とも思う。


「……初雪、ね」


 窓の外を見ると、部屋の明かりに照らされた粉雪が舞っているのが見えた。

 比較的暖冬の今年。クリスマスと同時に、強めの寒波が到来しているらしい。

 初雪と言えば、雨宮君は丁度一週間くらい前に、初雪までには翔を連れてくると言っていた。


「あーあ。あとどれくらい待てばいいんだろ」


 伸びをして、高鳴る心臓を抑えつけた。時計を見ると、既に七時半を回っている。もう遅い。

 そうして、私はいつもの様に夜景を見渡した。粉雪の舞う川の土手には誰もいない。かろうじて散歩している社会人の男女が見えたが、それくらいだ。


 ピーンポーン。


「ナオちゃーん?」


 その時、雨宮さんの声と共に、インターフォンが鳴った。


「はーい」


 点滴が繋げられていない私は、軽やかにステップを踏んだ。遠隔で開けてもいいのだけれども、点滴が繋がれていない分、ドアを開けるのもさほど苦労ではない。

 思えば、点滴が常時繋がらない状態になってから、私は人生が楽しい。自由に歩ける。手足が動かせるだけで、思えば幸せなのだ。


「雨宮さん。こんば――」


 ドアを開ける。しかし、ドアの向こうに雨宮さんはいなかった。


「メリークリスマス。斎藤さん」


 そこにいるのは、サンタ帽をかぶった雨宮君の前にいる。私の大好きで、ずっと待ちわびて、勝手に裏切って、勝手に死ぬほど愛した男の子。


「かけるっ……!?」


 しかし、動揺を噛みちぎった。来るとは思っていなかったけれど、ちゃんと会いに来てくれたことが嬉しかった。だから、


「会いたかった!」


 自分の姿も想像せずに、翔に抱き着く。


「おう……」


 そう動揺する姿も、私にはよくわかっていた。

 雨宮君の隣には、雨宮さん。親子揃っても、あまり似ていない。

 けれど二人とも、似ているような笑顔で佇んでいた。


「なんでここにいるの? レギュラーになれたの!?」


 嬉しさが爆発して、翔に質問詰めをする。翔はまだ信じ切れていないのか、はたまた、別の事に驚いているのか、その問いは吸い込まれて、ただ喜びを抱きしめるだけになる。


「ナオちゃん。とりあえず、入ろうか」


 雨宮さんにそう肩を叩かれるまで、私は翔を抱きしめることに夢中だった。

 自分の個室に入ると、翔はまず、「いつからここにいたの?」と、質問を飛ばした。


 そこで、そうだ、私は翔を一度裏切ったんだ。と自覚する。それと付随して、私の頭蓋骨の事も、病気の事も。

 

 だから、全て説明した。

 あの日、梅雨のあの時も。貧血だと嘘をついたあの時から、そして、ハロウィンに貴方を裏切ってしまったことを。


「ごめんなさいっ!」


 私は全力で頭を下げた。完成の法則で頭が重くなり、頭痛がしたがどうでもいい。涙が溢れそうになって、止まらない。


「けれど……会えてよかったよ」


 でも、翔は私の欲しい言葉を、望み通りくれた。許してくれた。


「ほん……とに?」


「当たり前だろ。むしろ、最初から言ってほしかった。ずっと、僕も同じ気持ちだったから。邪魔したら、いけないんじゃないかなって」


 翔は顔に力を入れて、私の手を優しく握る。そして、強く握った。


「でも。もう、放さないよ。放しちゃいけないから」


 すると、翔は私の頭蓋骨を撫で、抱えた。翔の胸に抱きしめられて、私も呼応するように、彼の手を握る。

 優しく、力強く、もう絶対に離れないような一体感が、私を包んでくれた。この時、あの花火大会の時の偽物の頭なんかじゃなくて、本物の頭を撫でられた感触が頭を撫でる。この感触が、とても柔らかくて、優しくて。


「かけるぅ……汗臭い」

「ナオのために頑張ったんだから」


 お互いに、涙でぐちゃぐちゃになっていた。


 部活帰りだということもあって、翔は汗臭かったけれど、それも偽りの時とは違う。本当に、互いに全てをさらけ出した匂いで、お互いに努力した証だった。

 私のシルエットの良く見える頭蓋骨も、この点滴無しで歩ける姿も、全て神様のおかげで会って、私が生きている証拠なのだ。


 気付けば、雨宮親子はいなくなっていた。きっと、空気を察してくれたのだろう。 

 それと、メリークリスマス! という手紙が、サンタ帽の中に隠されていた。


 一方、翔に私の事を聞くと、随分苦労したのだと聞いた。

 私は連絡先を抹消してしまった分、何も知らなかったし、連絡するのを渋っていた。何しろ迷惑を掛けたくないのと、この状態だったからだ。


「ナオがいないと、何だか違う世界に生きているような気がした。何にも気力が湧かなくて」

「私も。翔と会えないと思ったら、食欲もなくてさ。生きようと思う最低限の気持ちだって、もう途中からなかった」


 二人で笑って、手を繋いで、抱き合って。


「でも、何のために頑張ってるのか。雨宮に言われたんだよ。そしたら、こうやってすぐに会えたんだ。頑張れたんだ」

「私も。雨宮さんに、翔に会ってもいいって励ましてもらって。そこからやっと……」


 お互いが、お互いのせいでずっと苦労していた。お互いが、その分お互いを意識して努力して、結果、この再開が待っていた。


「ナオ、これから、どんなことがあっても、僕はナオを愛してるから。たとえ死んで、離れ離れになっても」


 翔は私に抱き着いたまま、私の頭蓋骨を抱き寄せた。翔の顔面が近づいてくる。唇が、私の唇に絡まって。


 まつ毛……長いんだなぁ。

 私の目にはないはずのまつ毛、髪の毛、クマのない綺麗な涙袋。


 私より、ずっと翔の方が、美しいと感じた。

 でも、この口づけは、きっとそんなこと関係なく、私たちをつなげていてくれる。

 唾が糸を引いて、私の唇から切れた。翔の目が私を捉える。


「大好きだよ」


 粉雪舞う白銀の夜空。雲を照らす月夜は、粉雪に私たちを映していた。

 この冬はきっと越えられる。さらなる試練があったとしても、この先は、一人じゃない。世界一大好きで、一緒なら病気であろうと、なんでもできる気がする翔と二人だ。


 離れない。いつか離れ離れになることが仮に決まっていたとしても。

 それでも、私はこの日……。


 クリスマスイブ。この日、私は人生最後の、本当の恋をしたんだ。

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