清流

 上祇園高校は七月二十八日の準々決勝も順調と勝ち進み、その後いつもの土手で走り込みの準備をしていた。


”テレビ見たよ。大勝利だったじゃん!”


 携帯を見ると、斎藤さんからのメッセージと、一つ勝利という猫の可愛いらしいスタンプが送られていた。


”うん。ありがとう。次も勝つから”


 僕はメッセージを送信し、スマホをポケットに入れる。試合に勝った後も、まだまだ大会は続くのだ。これから、チームメイトと走り込みをする予定だった。


 ブーブー


 けれど、スマホをポケットに入れた瞬間に、もう一度スマホのバイブが鳴る。

 取り出して見てみると、彼女からだった。


”頑張ってね。決勝までには退院するから”


 そっか。退院できるのか。

 貧血だから、大したことはないと言っていたけれど。


「おい翔。何スマホ弄ってんだ。彼女か?」


 あんまり長くスマホと睨めっこしていると、またいびられた。


「……いや、準決勝。どうしても勝たないといけなくなっただけだよ」


 チームメイトは一瞬ポカンとした表情を浮かべるが、すぐににこやかな表情を浮かべた。斜陽に照らされるこの青春は、去年の夏と似たようで、何だか違うような気がする。なのに、この青春は彼女の色をしていた。


「じゃあ、競争だ。今日はそうだなぁ……市民病院までだ」

「えっ」

「さんにーいちゴー!」

「うわ。おい翔お前ぇ!」


 斜陽に向かって走り出す。荷物をロッカーに入れたままだから、思ったより楽に走れるだろう。

 清流は斜陽を反射して、空の茜を建物に映していた。途中の大きな橋から、マンション、病院まで、斜陽は全てを褐色に染めていた。


「なぁ……翔」


 相変わらず僕は先頭を走っていると、後ろからチームメイトの一人であり、僕ともう一人のフォワードをしている雨宮あめみやが、僕と速度を同調させ、話しかけてきた。


「準決勝。誰に勝てって言われたんだ?」


 雨宮は息を上げ、ぜえぜえと呼吸音を鳴らしながら僕と並走する。

 表情は辛そうなのに、斜陽に照らされている雨宮は笑顔で、とてつもなく楽しそうだ。


 僕も息を吐きながら、前を見て答えようとする。

 市民病院の新築で真っ白な壁と、等間隔に填められている汚れの無い透明な窓は、光をよく反射するせいで真っ白なキャンバスの様に見えた。


「そうだな!」


 僕は市民病院のキャンバスと、主張の強い目の前の斜陽の王様を視界に収めて、息を大きく吐きながら相槌のような応答をした。


「好きな人か?」


 雨宮は曖昧な応答に、何かを察した様に笑いかける。全く、鋭い奴だ。


「ああ、四日前まで名前も知らなかった、大切な人だ」

「なんだ、それ」

「だよな。でも、運命みたいに感じたんだ。この、今僕らを照らしている斜陽みたいに美しい人なんだ」

「へぇ、そっか」


 雨宮は、ただ斜陽の光を眼に反射させる。


「斜陽みたいに、美しい人か」


 そして、そっと呟いた。

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