第11話雨音に恋する予感

6月の雨、午後になって

やっと晴れ間がのぞいた。


図書館の窓際で本を読んでいた美咲は、

やっとやんだなと外を眺める。


ふと、向かい席に誰が座っていることに

今気づいた。


あれ?その席の男性が、

同じ本を手にしているのに気づいた。


「村上春樹、お好きなんですね」


無意識に美咲が彼の手を見つめていると、

彼の方から声をかけられた。


思いのほか優しいその声と、端正な顔が

よく合っているなぁ、とぼんやりと彼の顔を

眺めていることに気づいて、ハッとした。


思わず美咲の頬がほんのり赤らむ。


「は、はい。この『ノルウェイの森』は

読み返す度に新しい発見があって」


美咲は慌てて先の問いに答えた。


「僕もです。特に直子の心情を

描いた部分が印象的で」


どちらも本好きなのはすぐにわかって、

会話が弾む。


会話が弾むにつれ、

美咲の胸の奥で何かがざわめき始めた。


彼の真摯な眼差し、本について語る時の

熱っぽい表情。


しばらく、そうした人と出会っていないと

思ったら、懐かしさと、彼の印象の良さが

相まって、少し忘れかけていたドキドキが

彼女の胸で踊っている。


外では再び雨粒が窓を叩き始めていた。


彼はそれに気づいて話を続ける。


「また、雨が降ってきましたね。

ここから少し歩いた所にブックカフェが

あるんですが、良かったらご一緒いただけませか?」


「ブックカフェですか、素敵ですね。

喉も乾き始めているので行きたいです。」


彼の提案に、美咲は迷わず頷いた。


この瞬間、

確信に近い予感が胸を満たしていた。


きっと、これが恋の始まりなのだと。


雨音に包まれた図書館で、

二人の物語が静かに幕を開ける。

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