エピローグ

第46話 からっぽの学園



 期末テストを無事に終え、少しの間の日常を過ごしているとあっという間に冬休みがやって来た。




「……みんな、いってしまった」




 私、倉野アナベルはみんなを駅に送っていったバスを見送った。しばらく、ひとりでぼんやりと学園の門の方を見ている。


 バスの中には透も、深志も、貴由先輩もいた。いつものトレジャーハンター部のメンバーだ。




「なんか変な感じ」




 考えてみたら、学園にいる間はほとんどいつも四人一緒だった。もちろん男子と女子で体育の授業は違ったし、寮だって違う。それでも、顔を合わせれば寮や授業で何があったか大体報告し合っていた。これから二週間はそれもないのだ。


 夏休みだって一緒じゃなかったのに、どうして冬休みは変な感じがするのだろう。




「どうしたの、倉野さん」


「寒いから寮に戻ろうよ」




 振り向くと、吉村さんと南条先輩が立っている。




「うん」




 首のマフラーを上げて、少しだけセンチメンタルを隠した。











 寮に戻ると、女子寮の玄関に誰かが立っている。大中小の三人だ。




「ん? 向井さん??」




 大の正体は向井さん。薄手の黒いダウンを着ている。




「あれって、確か用務員さんだよね」


「えっ、そうなんですか。知らなかったです……」




 吉村さんはそうでもないけれど、明らかに南条先輩は怯えている。




「大丈夫。いきなり噛んだりしない」




 本当は理事長だけど、なぜか透も本人も隠したがっているのでわたしも黙っている。




「誰が猛獣だ。早く入れ。ミーティングだ」


「「「ミーティング???」」」




 冬休みのスタートがミーティングから始まるなんて予想出来る人はいない。


 向井さんは側にいた男子中・小にも声を掛け、全員を女子寮の談話室に集める。談話室はヒーターが付けられていて、いつでも暖かい。低いテーブルにふかふかのラグ、ソファにクッションとリラックスできるように出来ている。




「倉野アナベル」


「南条葉月です」


吉村明依よしむらめいです」


桂木辰郎かつらぎたつろうだ」


相馬尊そうまたけるです……」




 男子二人。桂木辰郎の方が中で、切れ長の目をしている。相馬尊の方は背が低くて、なぜかびくびくしていた。




「俺は向井巧だ。普段は学園の整備をしている。知っている者もいるだろう」




 びくびくしている理由にすぐに思い当たった。向井さんは見た目が怖い。




「学年に残ったのはこの六人だ。この六人で、二週間過ごすことになる。仲良くするように」




 たった六人しかいないらしい。わたしがいなかったら五人だったから、南条先輩に言われて残ってよかった。




「基本的に個人の部屋か暖房はこの談話室しか使わない。なるべく、この部屋で過ごすように」


「じょっ、女子寮に男子が出入りしていいんですか?」




 相馬尊がびくびくしながら尋ねる。いつもは女子寮と男子寮は扉一枚だけど、鍵がかけられて出入りは出来なくなっていた。




「こういう事態だ。鍵は開けてある。今だけは良いこととする。掃除は自分たちでするように」


「わ、分かりました」


「では、定期的に様子を見に来る」




 なんだか刑務所の刑務官に言われているような雰囲気だ。




「それと、食事も自分たちで用意するように。三食しっかり食べなさい」




 そう言い残して、刑務官は去っていった。


 暖かい部屋はぽかぽかしていて眠くなりそうだけど、わたしたち五人の間に漂う空気は凍っていた。凍った空気を溶かしたのは吉村さんだ。




「じゃあ、改めて名前以外の自己紹介をしましょう」




 わたしは手を軽く上げて、自己紹介をする。




「倉野アナベル。一年B組。趣味はおしゃべり。トレジャーハンター部部長!」


「あの変な部活……」




 相馬尊が小さな声で言うのが聞こえた。わたしは彼の少し垂れた目を見つめる。




「別に変な部活じゃない」




 前に学園祭の部活で誤解されるということは分かっている。結構減ったと思ったけれど、まだいるみたい。




「ひぅ」


「なんで怖がる?」




 吉村さんが苦笑いして手を振る。




「美人が怒ると怖いからだよ」


「別に怒ってない」


「怒ってないって良かったね、相馬くん。じゃあ、次はわたし、吉村明依。一年A組です。趣味はピアノ。部活には入ってないよ」


「部活に入ってないと変人扱いされるって、前に透が言っていたけど」




 貴由先輩は変なあだ名をつけられていた。




「うーん。確かにちょっと変人かな。でも、理由がなくて入っていないわけじゃないよ。将来、医学部に行きたいから勉強に集中したいだけ。あと明依って下の名前で呼んでね。アナベルちゃん」


「お医者さん? 明依、すごい」




 わたしはさっそく名前で呼んだ。隣の南条先輩が頷く。




「特補を受けている人には学園は全寮制で遊ぶところがないから、勉強に集中するために入学したという人もいるみたいです。わたしは二年C組の南条葉月です。文芸部に在籍して居まして、趣味はもちろん映画鑑賞です。どういう映画が見たいかそのときの気分を教えてもらえれば、すぐに選んでみせます」




 胸を張って言う南条先輩は自信満々だ。毎日、お昼の放送用の映画を用意しているなら、相当詳しいはず。冬休みの間に何度か頼んでみたい。




「じゃあ、次は俺。桂木辰郎。二年B組。部活はサッカー部で、趣味もサッカー」




 先輩だった。サッカー部というだけあって、鍛えてあるように見える。


 だけど、透が言っていた。運動部の人はストイックでちょっと怖いって。だから、また相馬尊がなんだか怯えている。




「他には? サッカーしか言っていない」


「休みは筋トレしている」




 無骨な先輩がまたストイックなことを言うと、みんなシンとしてしまう。わたしはそれじゃいけないと思って質問を変える。




「どうして冬休みに学園に残った?」




 すると、桂木先輩は首の後ろをかいて黙ってしまう。




「言いにくいなら」


「いや、家がハワイで、冬休みは飛行機代が高騰するから帰って来るなって。つまんない理由」


「なんだ。わたしと一緒。わたしも家がオランダ」


「アナベルちゃんと同じ海外組ね」




 明依も話に乗ってきてくれたから、少し場が和んだ気がする。しかも、すかさず相馬尊に話を振る。




「それで、相馬くんは?」


「えっ! あ、お、俺は家が雪で埋まるから、出られなくなったら困るし」


「なんだ。わたしと一緒じゃない。あ、相馬くんはわたしと同じ一年A組。同じだっただね」


「あ、う、まあ」




 相馬尊は赤くなって黙ってしまった。クラスメイトの純情をもてあそぶとは、明依はいろいろとやる女だ。


 こうして、わたしたち五人の冬休みは始まった。





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