第40話 行動しないと始まらない
僕らの顔はきっと絶望に満ちているだろう。水上くんはカレーパンを持つ手も力が入っていない様子だ。
「最悪だよ。女の子が待っているのに、ずっと放置していたんだ。そりゃ、評判がた落ちだよ」
「そうだね」
僕の口からも根が腐ったかのような言葉しか出てこない。
「最近、視線を感じていたけど、クズ男だと思われていたんだ」
「そうだね」
津川先輩は遠い目をしたまま、そうだねとしか返事しない。
僕ら三人は学園祭でカフェで活躍し、なんとなく紳士になったような気になっただけだったのだ。倉野さんが立ちあがって、テーブルをバンッと叩く。
「みんな、落ち込みすぎ! そもそも、あっちから一方的な挑戦状!」
「そうだけどさー」
理由はどうあれ一週間もその子の時間を奪ったのは、僕らが無視したからだ。
「落ち込む暇があったら、挑戦状のなぞ解く」
倉野さんがみんなの顔に手紙を順番に近づける。持田先輩が自分たちには要らないからと、渡してくれたのだ。僕は目の前に来た手紙を読み上げる。
「わたしがいる場所は昼休みの十分間の記録の中だ……」
「記録の中? しかも、十分間?」
「記録と言えば……」
僕と倉野さんと水上くんは津川先輩の顔を見つめる。ただ苦笑いが返ってきた。
「彼女が図書室にいると思っているのかい? でも、図書室にある本のほとんどは記録というには似つかわしくないと思うよ」
津川先輩の本への熱の前では、記録という単純な言い方は許されないようだ。
「小説じゃなくても、エッセイとかだったら記録って言いませんか」
「エッセイでも作者の主観が入ればただの記録とは言い難いさ」
「うーん。そうかもしれませんが……」
僕らは頭を悩ませるが、それ以上の答えが思いつかない。とにかく、行動しないと始まらないのだ。次の日の昼休みは図書室へ向かうことにした。
次の日。いつものように食料を買い込んで温室へ駆け込む。急いで平らげて、まずは西棟の図書室へと向かった。廊下を歩いているときに、すぐそばの教室から軽快な音楽が聞こえて来る。放送部の昼の放送開始の合図だ。
『生徒のみなさん、こんにちは。今日も放送部の三十分間の放送にお付き合いください。まずはリクエストの音楽から――』
「あれ? もしかして」
僕が足を止めると、みんなが振り返る。
「どうした、透」
「ああ、いや。この放送の声って昨日の持田先輩の声だと思って」
僕が言うとみんなも耳を澄ませるように黙った。
『それでは聞いてください。二年Ⅾ組の熊田さんのリクエストで――』
一番に頷いたのは津川先輩だ。
「本当だ。持田くんの声だね」
「あの、昨日挑戦状を渡した? でも」
「うん。全然、関西弁のなまりがないね」
だけど、間違いなく昨日の持田先輩の声に違いない。挑戦状のときはテンション高めの声だったけれど、聞き取りやすく、心地の良い声だ。あながち、放送部のエースと言う言葉は間違いではないらしい。
軽快な音楽がはじまった。うっかり聞き入りそうになると、津川先輩が苦笑しながら言う。
「行こうか。まずは図書室をチェックしないと」
僕らは音楽を片耳に聞きながら図書室へ急いだ。
図書室に入ると、以前来たときよりも人が多く感じた。
西棟の図書室は三年生がよく利用する。二学期の期末テストなど関係なく、大学受験の直前だ。就職する人以外などは勉強に来ている人が多い。
シャーペンのカリカリという音ばかりが響く。もしかしたら、当てずっぽうに来たのは間違いだったかもしれない。水上くんが僕の学ランの端をちょいちょいと引く。
「ど、どうする? もうちょっと推理してから来る?」
「いや。奥の方は本だけ。行くしかない」
倉野さんが独断専行していく。僕らは着いていくしかなかった。真面目に勉強している机を横目に進んで行く。すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「だからここは代入するのはこっちの数字です! 聞いている、東野くん?」
「お、おう。そ、そんなに近づかなくても分かっているって、小内」
東野先輩と小内先輩が並んで勉強をしていた。どうやら東野先輩の勉強を小内先輩がみているようだ。学園祭で協力し合ったことで、テスト勉強に誘えるほどの仲になったらしい。けれど、どう見てもそれ以上は近づけそうにない。
小内先輩は東野先輩のノートをシャーペンでさしている。
「それでね。この数字を。ちゃんと見ていますか?」
「見てない! 顔なんて見てないから!」
だけど、東野先輩の声は潜めているつもりでも結構大きい。二人が話すたびに、シャーペンの音が止まるのは気のせいではないだろう。しかも、全然東野先輩の勉強は進んでいる様子はなかった。
「あら、トレジャーハンター部の皆さんじゃない」
近くを通ると、小内先輩が顔を上げて手まで上げて来る。そうなると、さらに近づいて話しかける以外、選択肢はなかった。
「こんにちは。小内先輩、東野先輩。二人で試験勉強ですか?」
当たり障りのないあいさつを小声で返す。ただ、小内先輩はそこまで気にしていないようだ。
「そうです。もう期末試験まで一か月を切りましたから。それなのに東野くんときたら、小テストの結果も散々だったと言うじゃない。いくら運動部だからって、赤点ばかりはよくないと思いますよね」
「はぁ、まぁ」
「それを耳に挟んで、私が一役買ったというわけです」
小内先輩の眉間には小さな山が出来ている。僕も赤点ギリギリの教科があるとは素直には言えなかった。
「小内先輩って、教えるの上手い?」
ふと、気になったのだろう。倉野さんが東野先輩に尋ねた。うまくいけば家庭教師を津川先輩から鞍替えしようという魂胆かもしれない。すると、東野先輩は気まずそうに指で頬をかく。
「いや、そのー、たぶん上手い気がするかな?」
「そんなこと言って、東野くん! さっきから間違えてばかりじゃない!」
小内先輩が声を張るから、シャーペンの音が完全に止まってしまう。
「せ、先輩たち! 三年の先輩たちがいるから、静かにした方が!」
間違える理由は明らかだけど、口喧嘩が始まってしまいそうな雰囲気に僕は慌てて割って入る。すると、小内先輩は腕を組んで憮然とした。
「本当に勉強する気なら学習室の方に行きますよ。図書室はみなさんのものですから、多少の雑音はあることを織り込み済みのはずです」
「でも、あんまり大きな声は図書室でもひんしゅくを買うよ。二人とも、もっと静かにね」
そう言って津川先輩、東西の図書幽霊は静かに本棚の奥へと行ってしまった。
「じゃ、じゃあ、僕たちも!」
「忠告ありがとうって、津川くんに言っておいて」
小内先輩たちは少し反省したように、声のボリュームを少し落として勉強を始めた。
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