最強派遣メイドさんVS魔法事件 ~ご安心ください。私、魔法はちょっと得意ですので~

ゆーしゃエホーマキ

〈深海色に誘われて〉

#01. 休日が無くなりまして


 たまの休日に羽を伸ばしていた矢先に、それは起こった。

 ふかふかのベッドで惰眠を貪っている最中、上司に「緊急の要件だ」と通信魔法で叩き起されたのだ。

 しぶしぶ来てみれば、最近老眼がつらいとブツクサ文句を言っていた彼女がメガネ越しに何やら資料を見つめていた。

 そして、私が部屋に入ってくるや否やこちらを見ようともせずに――。



「あんた、明日にでもキリオス卿の屋敷に行ってきなさい」



 突拍子もなく告げられた休日終了宣言に、思わず「は?」と言いかけたが……寸前で声を飲み込む。

 そこまでは良かったけど、『明日』『キリオス卿』『行ってこい』の三単語に鞭を打たれた私の顔はそれはもう酷いものだったらしく、上司にはわざとらしい咳払いをいただいた。



「キリオス卿のことはどこまで知っている?」

「……一言で言えば英雄でしょう。何年か前に魔物が大量発生した時、討伐軍に所属する騎士だったキリオス卿は誰よりも魔物を討っていたとか」

「そうだ。だがその時に左腕を失くし、今はもう前線から離れている。……彼に子が居ることは知っているかい?」

「いえ、初耳ですね」

「今回の依頼はその子どもに教育をしてやってくれ、とのことだ。そして『あなたの慧眼を疑うわけではないが、派遣されたメイドの実力を見てから雇うか判断する』……だとさ。屋敷は北の川を三つ横断した先にある町だよ。魔導列車でも八時間は掛かるからすぐに支度しな」



 休日が次の仕事へ行く移動時間で吹っ飛ばされるのはどうなのか。

 しかも行ったところで彼に気に入ってもらえなければ、私はトンボ帰りすることになる。

 せめてもの抵抗に「明後日でもいいのでは?」と提案するも、「行け」という防御も回避も許さないカウンターに私は「はい」と返事をするしかなくなった。



 ――まぁ、そういうことがありまして。

 支度を済ませて魔導列車にこの身を揺らすわけです。

 魔導列車は魔石を燃料にしていて、少ない燃料で長時間動き続けることができる。

 燃えた魔石から発生する青っぽい煙が、先頭車両の煙突からモクモクと吹き出していた。

 こうして列車が街の外を走れるようになったのも、魔物の活性化が収束したおかげだ。



  ■■■



 日付が変わり、宿屋のシャワーでさっと身体を洗ってから屋敷へ向かう。

 そうそう、途中の駅で売り子がオススメしてくれた手土産も忘れずに。


 ――休日を移動時間にあててまで遥々やってきたキリオス卿の屋敷は、とにかく落ち着いた雰囲気だった。

 真夜中に来たら幽霊でも出るんじゃないかと思うような洋館だ。


 けれど、門を開けてくれた短髪の使用人はそんな妖しげな洋館とは真逆の、やたら笑顔が眩しいフレンドリーな男だった。



「ようこそお越しくださいました! いやぁ、想像よりずっと綺麗な人で嬉しいなぁ! さあさあ、キリオス卿がお待ちです。ご案内しますよ!」

「どうも……」



 短髪の使用人に客室へ案内される。

 途中で、他の使用人とすれ違う。

 やはり、この屋敷は随分と広いのに、人の数は多くない。

 しかしワインレッド色のカーペットは染み一つない。

 窓は、ガラスが付けられていないのではないかと思ってしまうほど透き通っていた。

 長い廊下を歩かされるが、窓から見える中庭は手入れの行き届いた花々が美しく咲き誇っており、むしろ見て回りたいと思ってしまう。

 同業者の仕事ぶりに感服せざるを得ない。


 ふと、中庭の一角に目が留まる。



「…………ふぅん」



 中庭の隅、丸太を組み合わせたヘンテコなモノ……訓練用の木人形だろうか。

 それが何体か置かれた場所で、少年が一人、木剣を振るっていた。

 汗を拭った少年と目が合う。


 ……いや、目を逸らされた。

 私の前を歩く使用人とは反応がまるで違う。

 これでも顔立ちは良いと自負しているのだけど。


 私が人知れず若干のショックを受けていると、使用人が重厚な木の扉で立ち止まる。

 扉に付けられた金色のプレートを見るに、ここが客室のようだ。

 使用人が扉をノックすると、「どうぞ」と気さくな声色が扉越しに聞こえてきた。



「失礼します」



 客室に入った途端、穏和な部屋の空気感がふわりと私を迎え入れる。

 ――かと思えば、首元にナイフを当てられたような緊張感が私に覆いかぶさってきた。

 客室のソファーに腰を沈ませるこの家の主は、執事が用意したコーヒーを一口飲むと顔を綻ばせた。

 でも、今の私にはその一挙一動が張り詰めた緊張の糸を刺激する。



「とても良い香りだ。よくコーヒーは目を覚ますと言われているが、僕はこの香りに安らぎを覚えている。就寝前にはつい飲んでしまうよ。君はどうかな?」



 と、そう問いかけられるも細く鋭い目はこちらに向けられず、ずっとコーヒーの湯気を見つめていた。

 彼が依頼主……氷の剣士とも呼ばれた男、キリオス・ロスティフ。

 入室者に目を合わせないところがあのクソババア似ている気がして、緊張を蹴り飛ばす勢いで若干イラッとする。

 えろ、私。



「私も一息つく時にコーヒーをいただきます。特に、チーズケーキと一緒にいただくのが好みですね」

「ふむ、ケーキか。確かに悪くないが……ははっ、そう聞くと食べたくなってしまうな。……いやしかし、もしやその手荷物」



 ――来た。

 やはり目を合わせてはこないが、土産に視線を誘導することはできた。



「えぇ、お持ちしましたのでぜひ、お召し上がりください」



 チーズケーキが四切れほど入った箱を執事に預ける。



「……だが、ここまで長旅だっただろう? 葉も落ちる頃とはいえ、ものが悪くなってしまうんじゃないか?」

「それでしたらご心配には及びません。魔法はちょっと得意ですので」



 私がそう言うと同時に、執事が箱を開けて「おぉ」と感嘆の声を上げた。



「どうした、アルジェンス?」

「旦那様、失礼致しました。しかしご安心ください。この者の言った通り、ケーキは無事です。むしろ適温で冷やされております」

「……ふふ、ハハハッ!」



 突然、キリオス卿はおかしくてたまらないと言うように肩を激しく上下に揺らし、あの突き刺すような鋭い目には涙さえ浮かべていた。



「いや、ずっと君から魔力を感じていたものだから少し警戒していたが、くははっ! そうか、ケーキを冷やしていたのか!」

「申し訳ございません。事前にお伝えすべきでしたね」

「なに、どうということはないさ。攻撃してくれば返り討ちにするまでだ。なにより僕はサプライズが好きでね。とても気に入ったよ」



 そうして、私はキリオス卿と初めて目が合った。

 さっきまで肌で感じていた緊張感も、コーヒーの香りに混じって解けていく。



「君の名前を聞かせてもらおうか」



 それは『合格だ。君を雇う』という意味の言葉だった。



「キリオス卿、お初にお目にかかります。《ヴァラシエル家政》より参りました。派遣メイド、テレジア・ケルスと申します」



 今日から私――テレジアは、このロスティフ邸で働くことになる。

 もっとも単なるメイドではなく、『唯一の』という肩書き付きですが。

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