第29話 悪を晒す
彩月と俊樹はダブルデートを終えて二人で帰路に着いていた。
「送って下さってありがとうございます」
「当然だよ、気にしないで」
夕暮れになり比較的過ごしやすい気候ではあるものの、真夏であることには変わりなく、熱は地面から湧き上がってくる。
「水分足りてる?」
「多分大丈夫です」
「飲み物なかったら買うから」
彩月はどこまでも気配りができる彼に胸がときめいていた。彼女は間違いなく俊樹に恋している。
彼といられて幸せなのだ。
なのに何かが足りない気がする。その答えが気になって仕方がない。
「良かったら、うちに来ませんか? 親もいますけど……?」
「うーん、是非行きたいけど、急にそんなこと言って大丈夫なの?」
「平気ですよ。うちの両親は放任主義なんで」
「ご両親は優しいの?」
「優しいですよ。私のこと全部受け入れてくれます。おかげでわがままに育ちましたけどね」
「僕はさ、彩月ちゃんに似ているようで違うんだ」
「似てますかね?」
彩月は恐れ多いと思った。彼との共通点など思い当たる節はない。
「自分で言うことじゃないだろうけど、僕って明るいでしょ? 誰とも気軽に話せる。所謂陽キャってやつ? だとか、実はそれは飾りで作り物でみたいなとことか」
彩月は心に槍が突き刺さったかのような衝撃を受けていた。思わず歩みも止まる。
「私のこと意外と知ってるんですね」
いつもよりワントーン暗い声で笑った。
「知っていはいないと思う。でも感じるんだ」
俊樹はそれを意に介さず普段通りの受け答えをする。
「別に何も悪いことじゃないんだよ。僕はこの自分を嫌っていない。むしろ誇りに思ってる。これも僕なんだ。彩月ちゃんは違う?」
「私は……」
彩月は怖かった。自分を見せないといけないような気がした。ここで隠すのも違うと思ったから、彼女は時間が欲しかった。
俊樹は沈黙が起きたことで理解した。
「無理して話そうとしなくていいよ。でも、彩月ちゃんの家にはお邪魔したいな」
「はい、伝えてみます」
彼女は最初、関係性を一歩進めるために彼を家に誘った。そのはずなのに、今は後退させるリスクを負わないといけないように感じていた。
それから二人の間にこれといった会話はなく彩月の家に到着した。
「ご飯は本当にいらないの?」
「大丈夫です。少し話をしたら帰りますので」
彩月の母にそう伝えて俊樹は彩月の待つ部屋をノックした。
「入っていいですよ」
「お邪魔します」
彩月はマットに座り手で示した。俊樹もクッションの上に腰を下ろした。
「どうする?」
彩月は彼のこの問いが何を求めているのか考えた。彼女はずっとそうしてきた。相手がどうして欲しいのか。そればかり。それを気にせずにいられるのは友達といる時だけだ。
「話を聞いて欲しいです。それと嫌わないで欲しいです」
彩月は真っ直ぐに向き合った。それが彼女に求められているものだと思ったから。
「もちろん。嫌わないよ」
彩月を安心させる温和な声音と表情で俊樹も受け入れる。彼女はやっぱり期待してしまう。彼なら理想の彼氏になってくれるのでないかと。
「私は中学の時に虐められていたんです」
「そうなんだ……。それは辛いことを言わせちゃったね」
「いえ、私が聞いて欲しいことなので。気にしないで下さい」
嘘ではない。彼女は聞いて欲しいのだ。聞いた上で全てを受け入れてくれる人を探しているのだ。
「私はそれに苛立って相手をボコボコにしました……。復讐のために男子とかも頼って。こういう女なんです」
彩月はチラリと俊樹の様子を窺う。彼は何も言わず、でも渋い顔をしていた。
一息置いてからもう一度彩月が口を開く。
「それで解決だと思いました。でも違いました。私が悪者になっていて、親も学校に呼ばれて。親は私を許してくれたんですけど、学校では誰もが私に変なものを見るような目を向けるようになって……。間違ったんだって気付きました」
「そっか。でも、反省してるんでしょ? それにいじめたやつが悪い」
「そうなんですけど、私がそれ以降どれだけ良いように振舞っても腫れ物扱いで……。それで荒れちゃって。今度は暴力を私の方から振るいました。悪いことをしていない人にもです」
いつの間にか声を震わせながら話す彩月の手にそっと手を重ねる俊樹。
「大丈夫だよ。彩月ちゃんはやり直してる」
「暴力女です」
「間違ったのは事実なんだと思う。でもそれを今打ち明けて泣いている君が悪者には見えない。僕は味方だよ」
俊樹は彩月の手を握り締めて彼女に訴えかける。
彼女はその時気付いてしまった。それでも彼女はわがままだった。彼を手放したいと思えない。
「ありがとうございます。好きです、俊樹くん……。好き」
俊樹は彩月を抱き締めた。彼女はそれを受け入れて惜しげも無く涙を流す。
「よく頑張ったね」
彼の言葉がさらに涙腺を崩壊させる。
彼女は過去に親がそうしてくれたのを思い出す。彼女は一度親の前で泣いた。そしてこうやって背中をさすってもらったのだ。
しかし、それが申し訳なくて、それ以降は泣かないようにした。そのためには明るくいないといけない。
「もう間違えないために……私は他人の機嫌を伺わないと生きていけなくなりました。怖くて。もう自分には戻りたくないんです。凶暴な自分に」
「凶暴な自分は本当の自分なんかじゃないんだよ。今の彩月ちゃんが本物だよ。僕が見ている彩月ちゃんに本物でいて欲しい」
俊樹は彩月の目を見て訴えかけた。苦しみを共有しているかのように打ちひしがれた表情をする彼に彩月は自分を見ている人がいるのだと思えた。
彼女は隠していたものを見せたかったのだ。
「はい……はい……!」
放心していた彩月ははっと我に返り、必死に返事をする。温かい視線に晒される。
彼女は欲しかった存在がいることに気付いた。
そして、彼こそが彼女を彼女たらしめる。
彩月は泣き腫らし、その後親にも心配されたが、吹っ切れた表情をしていた。
彼女の憂いは晴れた。新たなモヤモヤこそ生まれていたが間違いなく一歩進んだ。
一方で俊樹はまだ本心を露わにできていなかった。
彼は彩月に似ている。
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