第5話 最初から負けていた

 白山有香は常に周りから憧れの存在として見られていた。

 彼女も最初はそのことに不満を持っていなかったが、やがて辟易することになる。

 そのせいで彼女は誰とも深い関係を築くことができなかったからだ。


 彼女は広く浅い関係しか築けず、満たされない日々を送らざるを得なかった。

 それが彼女に求められる姿だったからである。


 彼女が初めて告白を受けたのは中学一年生の冬。

 まだ恋愛に興味がないのであっさりと振った。

 その頻度は徐々に増え、恋愛に興味を示す友人も多くいたため、彼女が話題の中心に上る機会も増えていった。

 彼女はそれが不愉快であった。勝手に自分を好きになった相手が誰なのか風の噂で伝わってきて、そのせいで相手が冷やかしを受けるので、彼女は自分が元凶だと思うようになった。

 とはいえ、付き合いたいとも思えず告白された時には断ることしかできなかった。


 そんな中、同じ水泳部の後輩である黒木ここなと親しくなった。

 親しくなったと言ってもこの関係も深くはなく、あくまで先輩後輩の関係。彼女を満たすものではなかった。

 ただ、一つ目につくことがあった。ここなの視線が川口晃に向くことが多いということである。

 もちろん部活は男女別であるため、プールで顔を合わせることはないが、ランニングなどの屋外トレーニングは場所が重なることがあり、そういった時のここなは晃を明らかに意識していた。

 有香は二人が幼馴染であることは噂で聞いていた。それを踏まえても、その視線は過剰だと思った。

 それに、実際二人で話している場面を見ても大変親しげで、有香は羨ましかった。


 彼女は男子を毛嫌いせざるを得ないくらい、男子といると恋愛的な視点で見られるのに、ここなは自然と晃と話せる。そして怪しまれもしない。なぜなら幼馴染だから。彼女にはそう見えていた。

 有香は幼馴染というものも羨むようになった。

 そして、次第にここなと晃の距離が遠くなっていくのも察知していた。


 彼女は自分がここなの代わりに晃の幼馴染になりたいと思った。ここながその席を手放すなら私が、と。それが有香が晃を気にするようになったきっかけである。

 それ以降、時折有香は晃にも声を掛けた。


 やはり深い仲にはならないが、有香は彼を明確に意識することになる出来事があった。


「白山先輩! あの……相談なんですけど」

「何?」

「俺、実は今、黒木と喧嘩? いや、喧嘩じゃないかもなんですけど距離置かれてて。どうしたらいいかな、みたいな、悩みがあるんです」

 有香を見る男子はいくらでもいる。しかし、彼は黒木ここなに視線が向いていた。


「なんでそれを私に?」

「白山先輩は信頼できるからです」

 有香は憧れられていた。頼られる存在だ。しかし、彼に頼られることに特別感を得た。その特別感は些細なものだが、気になっていたという事実が彼女に些細以上の感情を持たせた。

 彼女は彼の言葉に少なからずときめきを覚える。

 そして、意地悪な発言をする。


「この年齢だと幼馴染の男子と話すの恥ずかしいと思うし、距離を置くのは悪いことじゃないと思うよ」

 彼女はあえて二人を引き離すような提案をした。


「そうですか。ありがとうございます。これからも何かあったら相談していいですか?あと、連絡先とか……」

「いいよ」

 彼女は卑しくもない純粋な眼差しを向けられることに快感を覚えた。

 晃は彼女にとって初めての男友達となった。


 それ以降、彼らの間で少しずつ距離は縮まり、有香もチャンスがあるかもしれないと思えるくらいになった。

 彼女も深い関係に手が届くところまで来たのだ。渇望していたもの、それがあと一歩というところで黒木ここなが掻っ攫おうとしている。


 有香は晃がここな経由で約束をしてきたことにゾッとした。

 それが彼女には、晃がここなとの接点を強めようとして言ったとしか思えないからだ。

 しかも、その用事もここなへの誕生日プレゼントを買うというもの。

 その時に有香は彼がここなの誕生日に彼女に告白する気だという決意まで聞かされていた。


 彼女は男友達を手にしただけだった。

 彼女は晃と付き合いたいがために、ずっと男子からの告白を色々な理由を付けて断ってきた。

 彼女ほどモテる人間でも、本命に振り向いてもらえるとは限らないのだ。

 有香は自分も頑張るためにここなに挑発するようなことを言ってしまった。


(なんであんなこと言っちゃったんだろう)


 彼女は後悔していた。わざわざここなに言う必要などなかった。彼女はらしくない自分の言動に嫌気が差す。


(私はどうしたらいいんだろう)


 欲しいものがある。彼女はずっと見つめるだけだった。

 彼女はあの時、声を発してしまった。動くのだという思いがそうさせていた。そうしたからには言わないといけない気がした。


(どうせ振られるのに意味あるのかな)


 結末を知っていて挑戦することに怖気付きそうになっていた。彼女は受け身の人間であり、彼女から人に触れてこなかった。だから彼女は浅い関係しか築けない。

 彼女は臆病だ。彼女を変えられるのは恋しかない。恋情に突き動かされ彼女は動く。

 彼女は覚悟を決めた。

 最後の悪あがきをして悔いのない恋愛をしようと。

 有香は晃にラインでメッセージを送る。


 有香:電話してもいい?

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