白が恋になる

遥 述ベル

黒木ここな編

第1話 好きな人

 黒木ここなは高校生活を謳歌していた。

 そして、6月。最初の夏が近付いてきていた。

 高校生なりたての浮き足立った空気も落ち着き、彼女も窓の外を見る余裕が出てきた。

 梅雨入りしているが、幸い今日は曇りだ。

 それでも湿気の多さで不快感は強い。


 そうやって周りを見たり感覚を得たりする余裕が出てくると余計なものまで見え始める。

 例えば恋心だ。

 日に日にクラスの仲間意識も出てきてグループも固まり、男女間の関係も出来上がってきている。

 各方向に飛ぶ矢印が薄っすら見えると、妬ましく思うものだ。


 彼女は恋愛にはうんざりしている。

 好きな人と結ばれるなんて難易度が高すぎるからだ。

 みんなの好きは妥協の「好き」だ。

 彼女は違うと自負していた。本物だと。

 だからダメだと分かった時の絶望感はこの世の終わりに等しかった。


 彼女の好きな人は変わらない。

 そんな簡単に諦められない。

 彼女の恋心はピュアなものではなくドロドロしていて人に話す気にはならなかった。

 それでも女子高生は恋バナが好きなので、彼女も例に漏れず友達とそのような話をすることがある。


 ここなは焦げ茶でセミロングの髪を梳いたり前髪を整えたりしながら自身の席で話をしていた。


「ここなは好きな人できた?」

 高校に入ってから仲良くなった大和彩月やまとさつきが興味本位で尋ねた。彩月はポニーテールと健康的な程よい褐色具合の肌を持っていた。肌の色はここなも似たようなもので、部活の成果とも言えた。彩月は日々くせっ毛をストレートにするのに苦労していた。笑うと目が細く愛嬌のある顔を見せる。

 ここながちょっと間を作って返答を考えていると、代わりに答える声が挟まる。


「ここなはできたも何もずっと片想いなんよ」

 小学校からの付き合いの月影美知つきかげみちがフォローになりきっていないフォローをする。

 美知はローツインテールで真っ黒なサラサラの髪を靡かせている。目つきはつり目気味で無愛想なため少し怖さを感じさせる風貌になることもある。それを彼女は気にしない。

 美知はここなの恋心を知る唯一の友人だ。

 ここなは美知がヒントを出したことに少なからず不満を持ったがすぐに打ち消す。


「えー、そうなん? 誰よ? 私の知ってる人?」

「秘密」

「なんでー!? みっちゃむは知ってるんでしょ? 私にも教えてよー」

「彩月は口が軽いからやなの」

「じゃあ、告れば? それで公にカップルとして広めて!」

「そんな簡単な話じゃないの」

「ふーん」

「これはあたしとここなの女二人だけの秘密だね」

 みっちゃむこと月影美知がここなの後ろに腕を回してバイブスを上げていく。

 美知は彼女で楽しんでいた。


「まさか、ここなとみっちゃむが……?」

「みっちゃむのせいで変な空気になったんだけどー?」

「ごめんてー」

「くそー! 私も混ぜろやーい!」

「ええんか、それで」

 ここなは恋などしなくても友達とだべっているだけで楽しかった。どうせ恋に全力になったって付き合えやしないのだと。

 それが分かっていて恋するのも馬鹿らしいと諦観を強める。



「そういえば今日はここなと彩月、部活あるの?」

「うん、あるよ」

「もちろんよ。陸上部は地獄だからね」

 ここなは水泳部、美知は手芸部、彩月は陸上部で活動している。


「よくやるわー」

「じゃあ、一緒に帰ろ」

「「おっけー」」

 彼女たちはこの会話を昼休みに教室に戻りながらしていると、前から川口晃かわぐちあきらがこちらに目線を合わせながらやって来る。

 晃は短い茶髪に鋭い目つきを持っていた。制服は着崩してだらしなさが見える。身長は175cm程でここなより20cm高い。


「ちょい、黒木! 今日、白山先輩に部活の後時間あったら校門前で待ってるように言っといて」

 黒木ここなは彼に下の名前で呼んでもらえない。


「あ、うん。分かった」

「サンキュ」

 それだけ言って彼は颯爽と駆けて行った。

 少し話しただけなのに、ここなの胸は熱くなるし、肌も汗ばんでいた。


「白山先輩って水泳部のエースの人でしょ?」

「そうだよ」

 ここなは彩月の問いに努めて平静に答える。


「有名だよねー。モテモテだって」

 白山有香しろやまゆうかはここなが中学の頃からお世話になっている部活の先輩だ。

 彼女の憧れの人で、恋敵でもある。恋敵であることはまだここなは知らない。


「二人は中学も一緒なんでしょ? 白山先輩は中学でもモテてたの?」

「そこまでではなかったけどね。高校入って驚いた」

 有香はよく男子に告白されている。そして全て断っていた。


「あたしもここなが同じ部活ってのもあってたまに見るけど、まじ可愛いよね」

「部活男子見に来たりすんの?」

「あー、するね」

 部活では数人程度だが男子が覗きに来ることがある。それも容認されていて、取り締まる決まりというのは特にない。

 これといって問題が起きていないので規制するタイミングもないのだった。


「なんかやじゃない? 水泳なんて性的目線いっぱいで」

「まあ、私には向かないから」

「他人事かよ」

 ここなは男子の視線なんか気にしていなかった。

 彼女が求めている視線なんて一つしかない。

 それが向かないから困っていた。

 有香がモテることも別にどうでもいいのだ。

 彼女は部活をしにプールに行っている。


「でもいいなぁ、モテるの」

「彩月もモテそうだけどね」

「いやー、寄ってきませんよ」

 彩月はハードルを上げてかかるタイプなので、お気に召す人を見つけるのに苦労していた。

 ここなはお気楽で羨ましいと思ってしまう。


「あたしは恋愛めんどくさいからなぁ」

「みっちゃむは向いてないよね」

「よねー」

 美知は姉御系でそれはそれで男子たちに刺さっているが、嫌悪していた。


「そう言われるとなんか腹立つわ」

「とにかく私ら、男の匂いがしねーなぁ」

「そう言われてもねぇ」

「彩月に託すよ」

「あたしも」

「荷が重いっすよ、お二人さん。頑張りたいけどさー」

 実際、彩月が一番彼氏ができる確率は高いだろうとここなは感じていた。

 彼女は明るくて気さくで面白い。

 ここなはもう詰んでいるし、美知は興味なしという認識。


「あー、白馬の王子様落ちてこないかなー」

「それは白馬も落ちてこない? 大丈夫?」

「それは怖いなー」

 くだらないことを笑って話せる友達がいる喜びを噛み締め、ここなたちは授業に戻っていった。

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