第5話 残された痕跡

 夜が明け、403のメンバーは地下オフィスに集合していた。ディスプレイには大量のデータが映し出され、メンバーたちは疲労の色を濃くしていた。


「これで、日本の重要インフラ情報は守られたわけですね……」


 林は安堵のため息をついた。元村は無言でうなずき、ディスプレイに表示されたインフラ情報を見つめていた。


「しかし、奴らは手ぶらでは帰らない。このインフラ情報には、日本のシステムを脆弱にするための『コード・ミダス』独自の仕掛けが施されていた。これを無力化しなければ、本当の安全は確保できない」


 葉加瀬が眼鏡をかけ直し、分析結果を報告する。彼の言葉に林は再び心を引き締めた。


「奴らもプロ中のプロだ。簡単に追跡できるようなヘマはしない」


 反町が腕を組み、唸る。彼の拳には微かな擦り傷ができていた。


「それでも、何か痕跡は残したはずだ。速水、昨夜のハッキングログ、そして『コード・ミダス』が使用した暗号解読アルゴリズムの解析を。彼らの本拠地を特定する」


 元村の指示に、速水は無言で頷き、再びキーボードに向かった。


 林はスマートグラスを装着し、昨夜の激戦の様子をARで再現してみる。大学のサーバ室に武装した男たちがなだれ込み、元村が冷静に銃を構え、反町が圧倒的な武術で敵を制圧していく光景が、目の前に鮮明に浮かび上がる。そして、その中で、自分が必死にタブレットを操作し、データを回収したこと。


「林、何か気づいたか?」


 元村が、静かに林に声をかけた。林はスマートグラスを外し、首を横に振った。


「いえ、ただ……改めて、このチームのすごさを実感していました。俺一人では、何もできなかった」


 元村は、林の言葉をじっと聞いた後、口を開いた。


「一人で解決できる事件などない。特に、我々が追うような事件はな。それぞれの専門分野を活かし、連携して初めて解決できる」


 その時、速水が顔を上げた。


「警部、 『コード・ミダス』が使用した暗号解読アルゴリズムの中から、非常に微細ですが特徴的なノイズを発見しました。これは、特定のプロセッサアーキテクチャでしか発生しないエラーの痕跡です」


 葉加瀬がディスプレイを覗き込む。


「プロセッサのエラーログ……これは!」


「はい、このエラーパターンは極めて特殊な、軍事転用を目的として開発されたプロセッサでしか確認されていません。しかも、このプロセッサを製造しているのは、世界でもごく限られた企業のみです」


 速水の報告に、部屋が静まる。片岡がスコープのメンテナンスを中断し、ディスプレイに目を向けた。


「つまり、『コード・ミダス』は、そのプロセッサを所有しているか、あるいはそのプロセッサを製造している企業と密接な関係があるということか?」


 反町が問いかけると、葉加瀬がうなずいた。


「その可能性は極めて高いです。このプロセッサは、一般市場には流通していません。国家レベルの軍事機関か、あるいはその関連企業でなければ入手できない代物です」


 元村はディスプレイに、その特殊なプロセッサを製造する企業のリストを呼び出した。世界地図上に、わずか数社が点在している。


「この中に、『コード・ミダス』の本拠地が隠されている……」


 林は思わず呟いた。


「速水、そのプロセッサを使用している組織、または過去に大量購入した組織の情報を洗い出せ。葉加瀬、その企業の株主情報や、関連会社のデータを徹底的に調べろ。片岡、反町、いつでも出れるよう装備の最終確認を」


 元村の指示が飛ぶ。


 その日の午後、速水からの報告が、決定的な手掛かりをもたらした。


「特定できました!この特殊なプロセッサを大量に購入し、現在も使用している可能性のある組織が、一つだけ浮上しました。ロシアの民間軍事会社『ヴァルハラ』です」


 ディスプレイには、ヴァルハラのロゴと、その代表者の顔写真が表示された。ヴァルハラは、数年前から国際的な紛争地域で暗躍し、その冷酷な手口で知られる組織だった。


「ヴァルハラ……王海事件のハッキングチームと一致する」


 林は確信した。すべての点が、一つの線で繋がった。


「コード・ミダスの正体は、ヴァルハラだったか……」


 元村は静かに呟いた。

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