涼子の冒険
[涼子]
放課後、涼子は近くの町へ釣り具を買いに行くことに決めていた。三駅。一駅の間が都会と違い、やたら長い。何となく海を眺めていた。列車が永谷駅を出ると、津波避難タワーが太陽で煌めくところがある。
同じ学校の制服もちらほらと見える。途中まで混雑していたが、自分が座れるくらいの余裕が出たものの、次の駅まで人と離れて、陸上をやめてから伸ばしていた髪を気にする仕草をした。今がいちばん寝癖もごまかしやすい長さになっていた。
改札を出ると、タクシーが二台ほどいた駅前のロータリーを越えた。こんな町でも駅前に塾がある。涼子もずっと通っている。隣の路地を抜けると、裏びれた商店街に続いていた。
(はじめてのお使いみたい。高校生にもなってはじめてのお使い。ないかな。スタバ入れないし……)
一人で店に入るのは不安だが、そこそこ広そうだし平気だと言い聞かせた。いつの間にか、薄暗い商店街で、後ろの制服の男子が早足で追いついてきた。
(追いかけられてる?たまたま。同じ学校の人。気にしすぎ……わたし、話しかけられるかな。自意識過剰よ。泣くな)
涼子は歩く速さを速めて、アーケードを抜けた。狭い国道沿いの店に勢いで入ることができた。
(気のせいなのわかってるのに。後ろの方が歩くの速くなる。でも止まって道を譲るのもおかしいし……どうして言葉が頭を埋め尽くすの?)
二人前後で歩くと、後ろが追いついてしまうらしい。これは知識だ。後ろの人に悪気はないだろうが、お化け屋敷のような商店街だから怖くなるのもしようがない。
今度は店員が怖くなった。
(話しかけないで。やっぱ入らなきゃよかった。あ、このまま通り過ぎれば……勇気を出すのよ。入るだけじゃん)
国道沿いの釣具店は、海沿いに何店舗かある。涼子は前から知ってはいたが、まさか自分が入るなどとは想像もしていなかった。だからどこを見ていいのかわからずにうろうろしていると、ふと竿がいるはずだと思いついて種類と量に呆然とした。
「逃げんでええやん」
「あ……いい……?」
「追いかけてるわけでも、逃げてるわけやないんやろうけど。竿探しに来たん?」
「あ、は、はい」
彼は制服のブレザーのポケットから出したスマホの画面を操作して見せた。長坂が関西弁の変わった人と話していた人だ。
涼子は黙った。
高野は学校からずっと尾行してきたのだと答えた。
「え、ええ!?」
「冗談やん。変な趣味ないわ」
「わ、わたし……緊張するタイプで……」
「誰でもやろ。犬や猫でも初対面は緊張してるやん。あれは警戒か」
涼子はつい吹き出した。
「長坂のキス見た?」
「は、はい……」
思わず大きな声で答えてしまった。自分の声なのにボリューム調整が難しい。
(この人、気にしてないのか)
「綺麗やったやろ?」
「は、はい……」
釣ってみたいと思い、暇もあるので国道沿いにある店を思い出して竿を見に来たと言うことを言おうとしたが、とっさに言葉にできなかった。高野は怪訝そうな顔をしたが、首を傾げただけで済んだ。
「釣り部ができたとしてやな。竿とリールは部が準備せなあかんやん?で、見に来たんよ。安いのんは転がっとるか。メインを何にするのかも問題なんよね」
「はあ……?」
「この辺で言うと、堤防からアジ、キス、チヌかな。チヌはやめとこう。お洒落なところから入るんならアジング、メバリングか。ルアーで釣るんや。でもはじめはキスがええやろうな。なかなかシンプルや」
「こ、これ……」
キス遠投竿を指差した。実際のところ競技に出るとかなら、これくらいはいるだろうし、リールも合ったものがいると言われた。涼子は競技なんてあるのかと驚くとともに首を傾げた。
(あんな小さな魚釣るのに?聞いてみようかな。あんな小さな魚釣るのに、こんな大きな竿使うのか……)
「これをぶん投げるんや。竿投げるんやないで。わかってるか。これはこれでおもしろい。海に向かってぶん投げる。大会もあるくらいや。海に向かって、バカ野郎!って投げるんや」
「はあ……」
「今のつまらんかったな」
(冗談だったんだ。笑ってやればよかったのかも。次は笑えるように準備)
「ま、魚の大きさにしてはたいそうやろ?これにはこれが存在する理由もあるねんけどな。はじめは二メートルくらいの竿でええと思うねん」
堂々と関西弁で話してる。
(心臓が強いな。わたしなんて同じ地域なのに話せない。でも関西弁、ズケズケと入ってこられるようで怖い)
竿のことは何とかなる。長坂も初期メンバーのために中古でも持ち寄るだろうし、こんな海沿いの町でなら、大人連中に呼びかければ何本か集まるのではと一人話していた。
「ところで虫餌触れるの?」
「は、はい……」
「そりゃすごい。こまごまとしたことは長坂がおらんと決まらんな。にしても岸末さんアクティブやん」
「わ、わたしが?」
(どこが?話せもしないし……さっきからはいとしか答えてないし)
「人は言葉やない。行動や。さてはキスに惚れたな?」
「あ、き、綺麗です」
「旨いで」
「キ、キラキラしてて綺麗で……」
「旨い。天ぷら。釣ったもん食べたら他食べられんで」
(聞いてないな。何だろうか。このあつかましさでもなく、黙っていても会話できている気持ち。キス、旨いのか……)
高野は石ゴカイを買い、ついでにキスに使う仕掛けを教えてくれた。
(塾に遅れる……スマホ……こんなところで時間見たら失礼じゃ……)
涼子は店の時計を見た。
「わ、わたし、塾……」
「あ、ごめん。気づかんで。俺も帰るから駅まで行こうか」
涼子は高野と一緒に国道を走るヘッドライトをやり過ごして、横断歩道のない道を駆け足で渡ると、煤けたアーケードを駅まで歩いた。
「釣り、行ってみる?」
誘ってくれたのに行きたいが、もうひと押し誘われたい気持ちが芽生えた。
(桜なら即答するんだろうな)
こうして異性と一緒に歩くだけでも心臓が軋んで、これからも仲良くなれる気がしない。たぶん学校で挨拶されても、よそよそしくしてしまうのだ。
(気軽に話したいのに。いいな。こんな人みたいに社交的になれないかな。ずっと前向きな人生送ってきたんだろうな。結局、自信持てるかどうか)
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