第29話探る腹の内。似てるようで、似ていない。

 まだ躊躇いが残っていたのか、何度か悩んだ様子を見せてから鈴森は話し始めた。


「……私の家庭は、両親の仲がとてもじゃないけど良くなかったの。幼いころはそんなコトはなかったのだけれど、私が成長するにつれて価値観の違いが出てきたみたいで、だんだんそっけないやり取りが増えていったわ。今思えば、父は外資系の仕事一筋人間で、母は家庭に対するこだわりの強い人。なんで結婚できたのかよく分からない二人だったから、当然だったのかもね」


 まるで自分を馬鹿にするように笑った鈴森の悲しい笑みを見て、俺は思わず言葉を失ってしまった。そこには普段の美毒姫はいなくて、一人の少女としての鈴森蘭がいた。


「そんな中で、私は二人の仲を繋ぎ止めたかった。二人が笑ってくれているあの空間が、私は大好きだったから。二人が喧嘩しないように、私一人でなんでもできるってことを証明するために、あの時はがむしゃらに走ってた。慣れない勉強も、苦手だった運動にも全力を尽くした。その結果クラスでは一番の成績を収めて、部活の大会では全国大会一歩手前まで辿り着くことができた。……でも、現実はそう簡単には変わらなかった」


 鈴森の声が深く沈んだ。語るのも億劫な過去に、彼女は片足を突っ込んだのだ。

 俺は黙ったまま彼女の次の言葉に耳を傾ける。


「私がいくら頑張ったところで二人は私を見てくれはしなかった。自分の問題に注力してばかり。それどころか、私に当たってくることさえもあった。……大きい音が苦手なのはそのせい。あの時を思い出して、体が固まっちゃうの」


 天才と崇められることもある美毒姫。だが、彼女は天才などではなかった。

 ただひたむきに努力し、劣勢に抗おうとしている健気な少女。それが彼女、鈴森蘭。誰しもが想像するような理不尽な才能なんてものはそこに存在していない。そこにあるのは努力とそれを引き連れる強い思念だけだ。

 

「あの日、風来くんが助けてくれたあの日、私はあの先輩の力を前に動けなかった。両親のことがフラッシュバックして、トラウマが私の視界を覆いつくして動けなかったの。手足が固まって、呼吸するのも一苦労で、最後の力を振り絞って叫んだ。……そうしたら、貴方が来てくれた」

 

 あの日、鈴森が逃げられなかった理由。単に力の差によるものかと思っていたけれど、そんな単純なモノじゃなかった。単純であれば、どれだけよかったのだろうか。

 こんな弱々しい少女一人に背負わせていいものじゃない。今一度、彼女を救いたいという気持ちが膨れていく。


「純粋に、嬉しかったわ。今まで誰かが手を差し伸べてくれることなんてなかったから」

「……そうか」

「失恋中だったのは、計算外だったけど」

「それまだ言うのかよ……」


 鈴森はいたずらに笑った。これまで見せてくれなかった、少し幼さも残る笑顔に俺の心は僅かに弾んでいた。


「……今、両親は?」

「別々に暮らしてる。私は母方についたけど、今は一人暮らし。父親が養育費は結構払ってくれるからせっかくならって」

「そっか。それで一人暮らし……」

「……私は、またあの時間を取り戻したい。この先どうすればいいかなんてわからないけれど、二人が笑ってくれるあの空間に戻れたら、私はそれでいい。だから、私は常に前を走り続けたいの」


 その言葉は、目標というよりも‶誓い″だった。またあの暖かな家庭を取り戻したいという、彼女がこの世界と、自分に誓う言葉。そのためなら彼女は言葉通りなんだってするのだろう。

 俺は目を細めた。すべてを諦めた自分とは違い、前を走り続ける鈴森がまぶしく見えたのだ。今までその才と姿勢ゆえに言われない言葉をかけられることもあっただろう。無慈悲な批判に胸を痛めることもあっただろう。それでも彼女は立ち向かっている。折れずに、立ち上がって向かっている。自らの求める未来に。

 それと同時に胸がズキリと痛んだ。この状況に甘んじている自分が、酷く情けなく感じられた。自虐的な感情に苛まれたが、お得意の現実逃避で難を逃れることにした。今までもそうやってきたのだ。


「……これで満足?人の秘密を知ってどうするつもりかしら?」

「どうするつもりもないよ。……ただ、すごいと思うよ」

「……え?」

「めげずに立ち向かってる鈴森はすごいと思う。自分の抱える問題に真摯に立ち向かうなんて誰にだってできることじゃない。投げ出して他の事に逃げるのが大半だ」

「な、なによ。持ち上げられても嬉しくないから……」


 鈴森は普段は仮面を被って取り繕ってるくせに、言葉で取り繕うのは下手くそだ。


ぐぅ~


「「……」」


 沈黙を縫い合わせるように響いた音に、鈴森は熟れた林檎のように顔を真っ赤にした。


「すまん、すぐに作るから待っててくれ」

「……馬鹿」


 理不尽な罵倒も、たまには悪くないと思った瞬間だった。

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