第26話帰り道。増える疑問
学級日誌を提出した俺は鈴森達が待つ校門前へと向かった。
校門前となるとかなり目立つ場所だ。なにせ生徒が出入りする場所だ。俺がついた頃にはチンピラ先輩に絡まれてるんじゃないかと不安がよぎったが、そんな考えは杞憂に終わる。
「ふん、やっぱり貴方胡散臭いのよ」
「な゛ぁー!?!?」
不機嫌そうな鈴森の声と奏斗の情けない声が俺の耳元まで入ってきたからだ。
「悪い、待たせた。……何を騒いでんだお前は」
「千都聞いてくれよ!蘭ちゃんがさ……」
「名前呼びはやめて。慣れ慣れしいのよ」
「す、鈴森ちゃんが俺の事胡散臭いって!!!別にちょっと誕生日とか聞いちゃったりして親睦を深めようとしてただけなのに!!!」
「あー……まぁ、根本的な部分の問題だからな。お前っていう存在が胡散臭いし」
「なんだよ胡散臭いって!黒髪に戻してワックスでガチガチに固めたビジネスマンみたいな見た目になればいいのかよ!」
「あはは……そういう問題じゃないと思うな」
ついに瑞樹にも突っ込まれて奏斗はがっくしと肩を落とした。
堪えている様子の奏斗を見てニヤニヤしていると、額にポツリポツリと冷たいものが落ちてきた。空を見上げると同時に、しとしとと雨が降り出す。予報とは少し遅れて空が泣きだした。
「雨か……俺は折りたたみあるけど、お前ら傘あるか?」
「俺は大丈夫」
「私も持ってるよ!」
「……」
「鈴森は?」
「……持ってないわ。入れて」
へいへいと言いながら俺はバッグから傘を取り出した。
周囲の生徒から傘を開く音が聞こえる。次第に早まっていく雨音は俺達の傘を叩いてメロディーを奏で始めた。
俺は鈴森が傘の中に入るように体を寄せる。一人用の折り畳み傘だから、二人入るとなるとかなり身を寄せないといけない。俺の身体が濡れるのはいいとして、鈴森の身体が雨に晒されないようにしなくては。
「……いいなぁ」
「……ん?どうかしたか?」
「あっ、いや、なんでもない!激しくならないうちに帰ろ!」
四人揃って校門を出る。俺は鈴森と歩幅を合わせて歩き出した。
四人で帰るのは今日が初めて。昨日は鈴森と二人きりだったから、なんだか新鮮な気分だ。
俺の右隣には奏斗。左隣には鈴森と瑞樹が並んでいる。気の知れた人間がこうして揃うと、なんだか暖かな気分になる。改めて友達の重要さを確認できた瞬間だった。
「こうやって四人で帰るの初めてだよね?なんか新鮮な気分だなぁ」
「瑞樹は良かったのか?いつも帰ってるメンバーと帰らなくて」
「いつものメンバーは今日は忙しいんだって。揃わない日もあるから大丈夫だって。それに……久しぶりに千都くんと話したいなって」
瑞樹が少し前屈みになって俺の顔を覗き込んでくる。照れくさそうな笑顔を浮かべた彼女の姿はとてもいじらしくて、男一人の心を射止めてしまいそうなほどの破壊力があった。
思わず言葉を詰まらせたが、湿度の籠った視線を向けてくる鈴森を前にして平静を取り繕うことができた。
「そ、そうか……なんだよ」
「いや?愚か者の顔を見てうんざりしてただけよ」
「それはそれで傷つくんですけど」
「健気だねぇ瑞樹ちゃんは……俺にもこういう幼馴染いたらなぁ」
「お前にはいても近づいてこないだろ」
「そうよ。貴方胡散臭いもの」
「なんで二人揃って頭ごなしに否定してくるんだよ!……瑞樹ちゃん助けてぇ」
「あはは……二人とも、あまり奏斗くんをいじめないで」
「奏斗、お前瑞樹に迷惑かけるなよ」
「右に同じく」
「なんでそうなるんだよ!」
やっぱり奏斗にはいじられキャラが似合う。クラスや部活動では中心人物として活躍している奏斗だが、彼の魅力はこのいじりやすさにあると俺は思っている。こういう人間は貴重だ。
ただ、距離感を間違えるとただのいじめになってしまうので注意が必要だ。そこは俺も細心の注意を払っている。
「ちょっと、風来くん?貴方、肩濡れてるわ」
「ん?あぁ、これは別に……」
気づかれてしまった俺は適当にはぐらかそうとするが、肩が濡れる理由をごまかすのなんて無理だ。
先程も言った通り、一人用の傘に二人で濡れないように入るのは困難だ。密着すれば濡れないが、それでは歩きにくい。両方が濡れるよりかはどちらかが濡れた方がいいと判断した上で俺は鈴森の方に傘を傾けていた。彼女のむすっとした表情を見るに、それがどうにも気に食わなかったらしい。お姫様扱いしたのが気に食わなかったのだろうか?
「濡れてるなら言いなさいよ。ほら、もうちょっとこっち寄って」
「えっ、ちょっと……」
俺が戸惑っている間に、鈴森が体を寄せてきた。十二分に近かった距離がさらに縮まり、肩がぶつかり合う。もはや鈴森の体温が感じられる近さだ。
同じ傘に入ってる時点で今更ではあるが、距離感に心臓の鼓動が早まってしまう。彼女の端正な横顔。長く生えたまつ毛。ふわりと香る甘いバニラの香り。雰囲気とのギャップを感じられるその香りに思わず俺の意識は鈴森に釘付けになってしまう。
これが美毒姫。美しさの中に癖になってしまう毒が仕込まれている。突き刺して来るその痛みさえも、魅力的と感じてしまう即効性の毒。俺の心は既に毒されているのかもしれないと感じると共に、びりりと胸が震えた気がした。
「なんだよ千都~男らしいところあるじゃん?言ってくれれば俺の傘に入れてくれたのに~」
「お前と傘に入るか美少女と傘に入るかで言われたら、そりゃ美少女取るだろ」
「へぇ~?美少女ね……随分と大胆に口説きますこと」
「ばっ、お前……」
どんな罵倒が飛んでくるのかとそろりそろりと鈴森の方に視線を向けると、そこには夕暮れのように真っ赤になった顔があった。
大きく見開かれた瞳の視線はふるふると震えていて、その姿は決して姫なんて気丈なものじゃなくて、か弱い子犬のようだった。
「せ、セクハラよ!近い!」
「な、お前が寄れって言ったんだろ!」
「セクハラをしろなんて言ってないから!もういいわ。瑞樹さんの方に入るから!」
どんと胸を押されて突き飛ばされる。鈴森は瑞樹の傘に無理矢理入っていってしまった。おずおずと困った様子の瑞樹が俺にヘルプのアイコンタクトを送ってくるが、俺にはどうすることもできなかった。
「お姫様は気難しいな」
「ほんとだよ……」
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