第13話遭遇する。引き下がらない。

「この時期から運動部は練習に熱が入るだろうけど、怪我をしないように。それじゃ、解散」


 HRが終わり、生徒たちは教室から解放される。ある者は部活の仲間の元へと向かい、ある者は帰り道にどこかへ遊びに行こうと仲間を誘う。例に漏れず、俺もそんな有象無象のうちの一人だ。

 俺は教室に仲間同士でたむろし始める野郎共を搔き分け、鈴森の席に向かった。


「鈴森、一緒に帰ろう」

「えぇ。……あの二人は?」

「奏斗は部活。瑞樹は生徒会の仕事があるって。俺達二人だけだ」

「ふぅん。デートにしてはあまりそそらない展開ね」

「……俺とデートしたいのか?」

「そういう冗談だから。勘違いしないで」


 鈴森はほんのりと紅潮させて吐き捨てる。感情を隠しきれていないところに少し可愛らしさを感じてしまう。やっぱりこいつ人と話さないから変なイメージがついてしまっているだけだ。 

 大衆のイメージは現実も同然。美しい毒を纏う姫として崇められている。けれど、それは虚像に過ぎない。中身はただの女子高校生。人並に驚くし、人並に照れる。そして人並みに苦しむのだ。それを俺は理解していなくてはいけない。彼女の隣にいる人間としての、最低限の礼儀だ。

 ぷんぷんという擬音が聞こえてきそうな表情の鈴森の隣に並び、教室を出る。

 一日経っても俺達に対する視線が減ることはない。俺がフラれたことを知っている奴らは見ないように努力してくれているが、結局チラ見してきている。かえって気になってしまうからやめてほしいところだ。

 そんな視線に耐えながら廊下を進んでいくと、見覚えのある体躯の男が視界に入る。その姿を視界に捉えた瞬間、鈴森に静止の合図を送ろうとしたが、それも虚しく彼と目がばっちり合ってしまった。ここから逃げることは不可能だろう。

 俺は鈴森に離れないようにと伝えて一歩前に出た。それに呼応するように、チンピラ先輩がどん、と大きな足音を立てて立ちはだかった。鈴森の肩が一瞬震える。


「よぉ。よくも堂々と俺の前に出てこれたな」

「出てきたのは貴方の方では?どうしたんですかその傷?情けなく後輩に喧嘩で負けたりしたんですか?」


 俺はチンピラ先輩の気をあえて逆撫でするように煽った。眉上に引っ掻かれたように走っている線。あれはおそらく昨日電柱にぶつかった際にできた傷だろう。逆にあれだけやっても傷しか被害のない彼の屈強な体を褒めたいところだ。

 俺の計算通り、チンピラ先輩は俺の煽りにぴくりと眉尻を動かした。下手くそな笑いで取り繕っているが、感情を隠せていないのがなんともチンピラらしい。

 ここは廊下。俺達以外にも当然生徒がいる。そんな中で手を出せば、さすがに問題になるだろう。

 一発殴ってくれれば楽なのだが、どうやらチンピラ先輩にも最低限の理性は残っているらしい。ぎりぎりと歯噛みして俺を視線で殺そうとしている。


「テメェ……そんな女一人の事なんか庇いやがって。なんだ?お前も体目的か?」

「同じ括りにされるのは心外ですね。俺はただ単に一緒にいたいからこうしてるだけですが?」

「ははっ、嘘つけよ。そいつのいいところなんてせいぜい体ぐらいだ。性格は最悪。口を開けば周りの人間を傷つける。近くにおいてたってなんのいいこともない。そんな奴の近くにいたら、お前まで嫌われちまうかもしんねぇなぁ?」

「聞いていれば、情けない男ね。自分の思い通りにならないからって他人を貶すことしかできないだなんて。やっぱり暴力がないとなにもできないのかしら?貴方ってとことん愚かな生物ね」


 お得意の毒吐きでチンピラ先輩を牽制する鈴森。その手はかすかに震えていた。昨日今日で恐怖を取り除けたら人間苦労はしない。

 俺は鈴森を守らなければいけない。これは義務でもなく責任感でもない。ただの自己満足だ。だからこそ、俺は目の前の男に立ち向かえる。


「ははっ、男を楯にして言われてもなにも響かねぇなぁ?さすがの美毒姫様も力には勝てねぇもんなぁ?」

「流石に女に手を上げるのは男としてどうかと思いますよ。それこそ、暴力がないと自分は何もできないと誇示してるようなもんじゃないですか」

「減らねぇ口だな。あのぐらいで調子に乗るなよ。今ここで戦ったら、お前なんて軽くひとひね……」

「きゃーっ!?この先輩、私達に手出そうとしてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 ぽかんとした表情のチンピラ先輩とは対照的に俺はしめた、と笑った。


「この先輩穴があれば男女はどうでもいいんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!誰かあぁぁぁぁぁぁ助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「な、おま、何を……」

「鈴森!」


 チンピラ先輩がうろたえた刹那、俺は鈴森の手を引いてその場から駆け出した。

 なにも拳を交えることだけが喧嘩ではない。勝利の形は多彩なものだ。

 俺は鈴森と校門まで駆け抜けていった。

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