更生中のおせっかい野郎
俺が泊っている青空宿に、今日もぼたん婆さんがおすそ分けを持ってきてくれた。
「わりいな、いつもいつも」
「いいんですよ、好きでやっていることですから」
青空宿の女将の代わりに、料理を受け取る。
婆さんはいつものようにニコニコと笑いながらも、なんだか元気がないように見えた。
そんな時、なんて声をかけていいかわからない俺は本当に能無し野郎だと思う。
「女将さん、行ってくる!」
「はいよ!」
俺はヘルメットをかぶってチャリンコを走らせて、三十分かけ自分が働いているスーパーについた。
専用のエプロンを着て、俺は始業時間までにトイレを済ませて仕事を淡々と行う。
今日も、客の顔色を伺う媚び売り店長がガミガミとうるさい。部下にはでかい顔ができるらしく、腕組みしながら仁王立ちで俺に言ってきた。
「萩沢(はぎさわ)さんさぁ、もうちょっと笑顔にできないの? そんなんだからお客さんに怖がられるんだよ、こっちだって前科のある君を期待して雇ってるんだからさぁ」
笑顔? やってる。この社会は笑顔が大事だということも知っている。笑えば笑ったで、引き攣ってるだのもっと怖いだのというのはどっちだ。
こういう時、逆らってやりたい気分だが、こいつは簡単に俺をクビにできる存在だ。クビにされてしまえば、また俺は社会で一から生きる羽目になる。
刑事さんとの約束も果たせない。
俺は、奥歯をギリィと噛み締めて「はい」と言った。
「すみませんの一言も言えないもんかねぇ、いいよ、持ち場戻って」
嘲笑うように俺にそう捨て台詞を吐く。
本当は、はい、と返事をした俺の睨んだ目つきが怖かっただけだろうに。
俺は、スーパーで働いている。
といってもレジ担当ではなく、品出し担当だ。だから客と接する機会はほぼないのだが、たまに商品の置き場所を聞かれることがある。
記憶力はいい方だ。どこに何が置いてあるかも、覚えた。しかし、こういうクレームは確かにあるわけで。
俺も、怖い顔になりたくてなったわけじゃないんだが。
睨みを効かせた目つきに、頬には少しの傷跡が隠れてる。……昔、やらかしちまった時につけられた傷だ。
子連れの親は子供が俺に近づかないようにするし、高齢者のばあさんたちは暴力団関係者と思う奴もいる。
こんなにせまっ苦しい社会なら、牢屋にいた方がよっぽど心は開放的だった。それにどこか安心していられた。
品出しに戻ると、お菓子コーナーの棚に明らかにソワソワしている制服を着た野郎がいた。
顔は真っ青で、下がり眉の情けねえ面をした野郎は携帯で話している。
万引きか……?
俺は直感でそう思った。その時、外からギャハハ!!と汚い笑い声が聞こえた。
その方向を振り向くと、ピアスに金髪、赤髪など明るい髪の毛に制服をチャラく着こなした野郎三人が腹を抱えて笑っていた。
俺の直感は間違ってないが、これは見過ごせねえ事が起こったみたいだ。
俺は逃げ出すように早足でお菓子コーナーを去る制服の野郎に声をかけた。
「カバン、見せろ」
「ひゃっ……!?」
まるで巨大動物に食われかける小さくて弱い動物のように身を縮こませている。
お前……、万引きしたって言ってるようなもんじゃねえか。
野郎はかばんを素直に見せてきた。その中には、マーブルチョコが入っていた。俺はさっきの、チャラい奴らを見ると目が合って、やべっ、と笑いながら去っていく。
「あいつらに命令されたんだな?」
「ち、ちが、違います……! ぼくが、僕が勝手に……」
手が震えている。泣きそうな目をしながら、下を向く。
見てられない。
俺は、野郎三人をエプロン姿のまま追いかけた。
「捕まるとかまじざまぁ」
「俺らやってねーから知らねえー」
「明日から万引き野郎って言ってやろうぜ」
「おい」
俺の直感はやはり正しかった。
俺が声をかけると、チャラい野郎どもは睨みを効かせてこちらを振り向いた。
「あ?」
「お前らだろ、あいつに万引きしろって命令したのは」
俺がそういうと、野郎どもは肩をすくめてきたない笑いをこぼす。
「どこにそんな証拠あるんですか〜?」
「そうそう、とばっちりも良いとこだ」
「ネットに書いちゃおっかなぁ〜、あそこの店員さんに罪なすりつけられたって」
俺はため息しかこぼせない。
昔は違った。正々堂々とタイマンで拳で争うのが普通だったのに、ネットだの、クレームだの、陰湿なやり方で人を追い詰める事がだんだん普通になってきやがった。
俺は一発殴りたい衝動に駆られたが、今は更生中の身だしスーパーを背中に背負っている。
窃盗罪で捕まった俺を雇ってくれたスーパーに恩を仇で返すわけにはいかない。
どうこいつらに制裁を加えてやろうか、考えていると後ろからパトカーのサイレンが聞こえた。
「やべ、逃げるぞ」
野郎どもはやましいからか、パトカーから逃げる。
俺はそれを追いかけて、金髪野郎の腕を掴んだ。
「離せっ!!」
拳が飛んできたので、避ける。
避ける代わりに、背負い投げをして地面に金髪野郎を叩きつける。
「このやろう!!」
三人が、同時に俺を狙ってくる。
ここで手を出したら終わりだ。俺はひたすら相手を攻撃せずかわして、よけてをくりかえす。
地面に叩きつけられた野郎どものもとにパトカーが現れた。
「何をしている!!」
制服をかっちり着こなした警察官が、怒鳴り声を上げる。
「このおじさんに殴られました!」
再び俺はため息をつきたくなる。
どこまでいっても被害者ヅラをする野郎どもに唾を吐きたくなる衝動に駆られる。
しかし、その衝動は懐かしい姿を見た途端、消え去った。
パトカーの中から、ネクタイ姿の50代の刑事が出てきたのだ。坊主頭に多少肥えて、汗だくな刑事は野郎どもの元へ行く。
「そうかぁ、殴られたのかぁ」
刑事は、俺の腕を掴んで拳を見る。
「青年たち、知っているか? 人ってのは殴った側の拳も反動で赤く染まるもんなんだ、こいつの拳見てみろ、まーしっろだ、青年たち嘘は言っちゃいかんよ」
「それに、お前らが万引きを一人の少年に指示した証拠もある」
刑事の一言と警察官のにらみを効かせた一言に、野郎どもの顔は真っ青になる。
いい気味だ。しかし、そんな証拠……どこから?
「こら」
刑事に小突かれる。
「早乙女(さおとめ)さん、助かりました」
「お前ね、更生中ってわかっている? 毎日毎日、警察より悪者退治してるじゃないの」
「そうっすか?」
「そうよ、昨日は窃盗、一昨日は金を持ち出そうとした詐欺師、みーんなお前が絡んでいるんだから」
「まあ……聞いたり見たりしちまったもんは、止めねえと」
「まっ、真面目に生きてるんならそれでいーけどさぁ」
刑事はおおあくびをして、野郎どもと一緒にパトカーに乗っていった。俺はそれを見送ってスーパーの中へ歩いていく。
万引きを命令されていた野郎は探してもスーパーにはいなかった。
あいつ……大丈夫かな?
時折探しながら、俺は今日の仕事を終えて青空宿へ帰った。
「女将さん、薪とりに行ってくるよ!」
「あ、萩ちゃん、お客さん来てるわよ!」
「客?」
青空宿の薪風呂の薪が少なくなっていることに気づいたので山に取りに行こうとした。
女将さんに居間へ通されて、部屋の中を見る。
「お前……」
「あ、あの……、あ、ありがとうございました……」
先ほどスーパーで命令されていた野郎が、俺を見て頭を下げた。良かった、ちゃんといたか。と思ったと同時に、俺はその隣にいた丸眼鏡の女の勢いに圧倒された。
「あなたが萩沢さん⁉ あの萩沢さんですか! いやぁ、お会いできて光栄です! ずっと会いたかったんですぅ!」
手を握られ、ブンブン縦に振って興奮するように話す女。
女将さんは、三人分の和菓子と冷えた麦茶をお盆に乗せてうふふっと笑った。
「この子、萩ちゃんの大ファンなんですって」
「はあ?」
「はい! 申し遅れました、わたくし野田里美(のだ さとみ)と申します! その節はおばあちゃまが大変お世話に……」
詳しく話を聞くと、どうやらおとといの詐欺事件の被害者が自分の祖母だったそうだ。祖母が俺の話をしたようで、そこから俺のファンになってしまったとか。
「しかも今度はわたくしの親友、豆田(まめた)をお助けしてくださってもう……ありがとうございますッ!」
「里美ちゃん……、恥ずかしいって」
豆田はおろおろしながら言うが、里美はキラキラした目で俺を見る。そんなキラキラした目を向けられるほどの人間じゃねえんだが。
「そうか、まあ……俺はその、大したことはしてねえから」
「そんなことありません! 今や、誰もが他人の不幸を見てみぬふりをする時代で、萩沢さんはそれをしないんですから!」
「俺ぁ、……お前にそんな気持ちを向けられるような人間じゃねえよ」
「更生中だからですか?」
俺は驚いて、おかみさんを見ると、彼女は私言ってないわよ! と言いたげに首を横に振る。
「すみません、さっき刑事さんとお話ししているところ聞いちゃいました」
「そうかい……」
「萩沢さんに何があったのか、私は知らないですけど、今の萩沢さんを私は憧れているので!」
ふふんっ! と胸を張る里美を見たらもう何も言えない。
過去にバイトと題して、窃盗を強要されてしてしまった罪も、不良だったことも、人をどれだけ傷つけたかも、言う必要はない。
憧れてくれてんなら、それにこたえられる人間になるだけだ。
「ありがとよ」
「いえいえ! 私も今日、萩沢さんを見習ってあいつらを捕まえてやれたので!」
「あいつら?」
「僕に命令してきたやつらです、里美ちゃんが……あいつらの命令の音声を全部録音してくれていたんです」
だから警察が飛んでこれたのか……。
俺はそこで何もかもがしっくりきた。
「お前もやるじゃねえか」
「目には目を歯には歯を! スマホにはスマホを、ネットにはネットの仕返しをしてやるのです!」
そう考えりゃあ、俺はあの時、警察が来なかったらあいつらをぶん殴っていただろうし、あいつらがやったっていう証拠もつかめないままだった。
このお嬢ちゃんがいてくれて、初めてあいつらを成敗できたんだ。
「やるじゃねえか、嬢ちゃん」
「えへへへ」
俺が褒めると、これ以上ないくらい頬を緩ませる。
ああ、ムショの生活の方が安心できるとは言ったがこの世界も悪くねえ。
それはきっと宮月町だからそう思えるんだろう。
俺はこれからも、おせっかいをやめる気はねえ。立派な人間に、俺はなりてえから。
完
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