第二十九話 禁の火、再び土に咲く

【SE:低く響く鐘の音。風のない月夜に、空気がきしむ】


 月祀の祭壇――

 その中心で、槇篝は幼き《篝火》と手をつなぎ、静かに目を閉じていた。

 その身に宿っていた封印はすでに解け、黒衣は朱に染まりかけていた。


美香(語り)


「“咲くな”って命令に縛られてたお姉ちゃんが、

 今、あの子といっしょに――咲こうとしてる」


とも「だが……」


【SE:地鳴り。遠くから軋むような音。何かが目覚める気配】


律「封印は一人の巫女を閉じていたんじゃない。

贄の制度そのものを支えていた。

それが崩れれば――この地の“秩序”そのものが瓦解する」


【場面:祭壇の下層、御柱の間】

 根のように張り巡らされた呪紋が、蒼い火に焼かれはじめていた。

 結界が崩れ、“神域”と“現世”を分けていた膜がひび割れていく。


ちよ「教祖様……このままでは、かつて封じられた**“火の神”**が目を覚まします」


律「正確には、“神に似せて創られたもの”――人の祈りが形にした、贄の守護者。

でも、もうそれは……守るためじゃなく、奪うために蘇る」


【SE:地中より呻き。黒く焼けただれた樹のような影が浮かび上がる】


 その姿は、人ではなかった。

 火を喰らい、花を妬むもの。

 咲かぬものを“正しき存在”とした者たちの怨念が、ひとつに固まった姿――


槇篝「……やはり、来たのね。

“私”が咲くと決めたなら、お前は現れる。

だってお前は、“咲いてはならぬ”という命令の化身……《否花〈いなばな〉》!」

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