第二十一話:贄の定義、月下の再会

【SE:虫の音。風が葉を撫でる音。かすかに揺れる鈴の音】


「朧。贄とは、犠牲ではない」


その声に、響は振り返った。


そこには、絵から抜け出したような影――

だがもう顔は塗り潰されていなかった。

微笑をたたえた、静かな目元。

そう――朧が、そこに“在った”。


「贄とは、犠牲ではない」

「誰かを救うために、喰らわれる者ではないの。

 “繋ぐ者”よ。忘却を、分断を、絶望を……越えて。」


響は、はっとして言葉を飲む。

その語調は、まるで老巫女のようだった。

いや、もっと古くて深い――この地そのものが語っているような声音だった。


「あなたは、わたし……だったの?」


「かつてそうだった。

 けれど今は、“あなたがわたし”になった」


【SE:風が吹き抜け、花びらが舞う音】


響の中に、澄の名。

澄の中に、朧の記憶。

そして、朧の奥に、さらに名も無き贄たちの影が折り重なる。


「名を受け継ぎ、記憶を引き取り、存在を咲かせた者は――

 もはや“贄”ではなく、“守人(もりびと)”になる」


「……それが、わたしの役目……?」


朧は、静かに頷いた。

その指先が、響の胸元にそっと触れる。


「あなたの中に、もう一本根がある」

「それは、過去に向かう根。

 この地の最初の“咲かぬ花”へと、つながる根よ」


【SE:地面の奥から、遠く低く、太鼓のような音】


「……“最初の贄”……?」


「その名も、声も、姿も――

 すべてが呪術で封じられた、始まりの者」


響は、その言葉に背筋を凍らせる。


だが、逃げなかった。

手を、差し出す。根を、深く深く伸ばして――


「……わたしが、繋ぐ。

 名も、記憶も、悲しみも。

 この地の“最初”まで、わたしが咲かせる」

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