第十八話:鈴の音、魂の揺れる場所で

【SE:その瞬間、部屋に小さな鈴の音がこだました】


ちりん、と。

あまりにも小さな、けれど胸の奥を揺らす音だった。


風もない。誰も鈴など鳴らしていない。

けれど、確かにそこに存在した音だった。


響は、手を止めた。

筆先が震える。心もまた、なぜか、怖くてたまらなかった。


「いまの音……誰かが、呼んだ?」


青年は何も答えなかった。

ただ、絵の少女の瞳――いや、目元に滲んでいた墨の奥から、

かすかに、光が差し込んでいた。


「……澄?」


響がその名を呼んだ瞬間、またちりん、と鈴が鳴った。


まるでその名に呼応したかのように。


「やっぱり、あの音……**“返事”なんだ」」


彼女は確信する。

忘れ去られた者にも、今なお“呼び声”は届いている。

そして、名が呼ばれたなら、魂はもう一度、ここに立てる。


「だったら、もっと呼ぶ。何度でも。何度でも!」


響は叫ぶように、そして祈るように名を刻む。


【SE:筆が走る音、風がざわつく音、何かが目覚める気配】


「す……す……すみ……?」


絵の中から、声がした。

それは声というよりも、夢から漏れる、微かなつぶやきだった。


「生きてた……いや……存在が、戻ってきてる」


青年が静かに口を開く。


「名前は、“魂の器”だ。

 呼ばれ続けることで、器は形を持つ。

 魂はその名に引き寄せられ、還る」


響は目を見開く。


「じゃあ、この絵の少女は……まだ、“還れる”?」


「――いや。

 還すには、お前が“贄”にならなければならない」


【SE:部屋に一瞬の沈黙。響の鼓動だけが響く】


「……わたしが?」


「お前が、その器の“代わり”になるのだ。

 その痛みを、名を、記憶を、すべて受け継ぐ“媒介”となれ」


鈴の音が、ふたたび鳴った。

それはもう、誰かの“意思”を宿していた。


そして響は、ゆっくりとうなずいた。


「……わたしが、咲かせる。

 この魂の花を――名を、根ごと、この身に抱いて」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る