第十五話:名を呼ぶこと、それは祈りに似て

【SE:森の奥で鳥が羽ばたく音。遠くで木霊する鈴の音】


「名を呼ばれぬ贄は、“存在しなかった”ことにされる」


そう、老巫女は語っていた。

まるでそれが、村の決まり事のように。

あるいは、誰も抗えぬ呪いのように。


──そして、響は知った。

その呪いこそが、この土地を蝕んできたのだと。


【場面:祠の奥、黒い絵の前。響がひざまずいている】


「あなたは、“いた”。

 ここにいて、名を持ち、想いを抱えて――泣いていた」


響の手のひらは、墨で汚れていた。

塗り潰された絵の目元を、爪の先で丁寧にこすり、

その奥に眠っていた少女の輪郭を掘り出すように。


「咲良 朧……もし、あなたが朧でないのなら」

「わたしが、あなたにその名を贈る。もう一度、“ここにいる”ために」


【SE:静かに、墨が滴る音】


その瞬間――空気が、変わった。


周囲を囲む木札が音を立てて崩れ落ち、

黒鉄の柱が淡い光を放ちはじめた。


【SE:心臓の鼓動のような重低音】


「……名を、呼ばれた」

「わたしは、いたのだと――思っても、いいの……?」


少女の声。

それは確かに、響に似ていた。

だが違った。もっと淡く、もっと哀しく、

そしてどこか、祈りに似た響きだった。


「……うん、思って。

 思っていいし、忘れない。わたしが――忘れない」


目元に墨を塗られ、名も呼ばれず消えた少女が、

ようやく、“ひとりの人間”として、

この世に在ったことが証されたのだ。


【SE:風が吹き抜ける音。絵がふわりと揺れる】


扉の向こうに、まだ多くの名なき贄が眠っているかもしれない。

けれど、ひとつ、確かに響は“救った”。


名を呼ぶこと――

それは、存在を赦し、記憶に刻む最初の祈りなのだから。

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