贄として咲く、少女の名は火となる

エグジット

第一話:宵闇の血契

咲いてはならぬ――それは、命に刻まれた命令だった。夜の帳が降り、古びた屋敷は月光の下でその陰影を深くしていた。縁側からは、手入れの行き届かない庭の木々が、まるで黒い指のように空を掻いている。その中で、一際目を引くのは、屋敷の主、**朧(おぼろ)**の部屋だった。

朧は、細い指でそっと髪を梳きながら、鏡台に映る自分を見つめていた。透き通るような白い肌は、まるで月の光を吸い込んでできたかのようだ。しかし、その瞳の奥には、拭いきれない憂いが宿っている。今宵、彼女は贄(にえ)となるのだ。古くから続く、この地に伝わる血契(ちぎり)の儀によって。

「お嬢様、そろそろでございます」

老いた侍女の声が襖越しに聞こえる。朧はゆっくりと立ち上がり、用意された純白の**白無垢(しろむく)**に身を包んだ。それは、まるで花嫁衣装のようでありながら、同時に生贄の衣のようでもあった。

庭へと続く石畳を歩くたび、白無垢の裾がささやかに揺れる。冷たい夜風が頬を撫で、朧は小さく身震いした。庭の中央には、すでに石の祭壇がしつらえられ、その上には見たこともない奇妙な花が飾られている。月光を浴びて、その花弁は妖しく光っていた。

一歩、また一歩と祭壇に近づく。朧の心臓は激しく音を立て、まるで嵐の中の小舟のように揺れていた。祭壇の前には、**狩衣(かりぎぬ)をまとった男たちが円陣を組んでいる。彼らの顔は烏帽子(えぼし)**の影に隠され、表情をうかがい知ることはできない。

その中でも、ひときわ背の高い男が朧の前に進み出た。彼は何も語らず、ただ静かに手を差し伸べる。朧は震える手でその手を取った。その瞬間、祭壇の花が、まるで生きているかのように微かに震え、その花弁から甘く、そしてどこか妖しい香りが漂い始めた。

「今宵、月下の血契は成就する」

男の声が、静寂な夜に響き渡る。その声は低く、しかし力強く、朧の心に直接語りかけるようだった。祭壇の花が、一際強く輝きを放ち、その光が朧の全身を包み込む。

これが、朧に定められた運命。抗うことのできない、美しくも残酷な贄の儀式。彼女の意識は、その光の中でゆっくりと遠のいていった。

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