七不思議は花壇にて笑う

唐灯 一翠

七不思議 壱

-序- おはじきの童

「おはじき、しましょ?」

「うっ、じゅ、十分遊んだろ」

「おはじき、しましょ?」

「もうなんて無いよ!」


 にじり寄ってくる着物姿の子どもから離れる。すすと、砂の混じる床に手を添わせると、硬貨や己の学ランから取ったボタンに当たった。一瞬のことなのに、身体の熱を全て奪われるような冷たさを纏う物。


「遊びましょ。遊びましょ」

 ズボンが汚れるのをお構い無しに、尻を引き摺り、膝で進みながら扉を目指す。

「い、嫌だ! 誰か、誰か助け──」

「ねえ」


 ふっと蝋燭ろうそくの火が消えた。上から逆さに現れたおかっぱの少女が、およそ生者らしからぬ白い顔で行手を阻む。


「目弾き、しましょ?」


 眼球のくり抜かれた穴開きの闇が、触れてもいないのに自分の視界を奪った。それとも消えたか。どちらにせよ、出口までの距離すら掴めなくなってしまった。


(見えない。何も。クソッ! あの子達はどこに行った? 早く、早く逃げなくちゃ)


 しかし、はたと気付く。

 瞼が下がらない。

 というより、上手く噛み合わない、みたいな。頬を逆撫でさせ、涙袋に触れた。縁をなぞって恐る恐る指を入れ込む。


(無い、無い、無い無い無い。俺の目ん玉。何で無くなってるんだ!? 痛みも⋯⋯いや、とにかく早いとこ出て、助けを)


 黒い狭間で、また声が聞こえる。


「遊びましょ、遊びましょ。皆んなでおはじき、遊びましょ?」

 応えるな。自分の眼だけ探せ。

 いや、違う! 探すのは扉だけだ。


「こっちにあるよ。皆んなのおめめ」

 聞くな。信じるのは自分のみ。

 負けじと探っていた両腕を隠すように、手首の方から小さな掌で包まれ、包まれ、肩まで這い上がる。鳥肌が全身を覆う前に、耳脇に気配が降りた。


「遊びましょ、皆んなの、おめめで」

「遊ぼ、遊ぼ。あなたの、おめめで」


 ああ、そうだ。あの中にあるんだ。

 おはじき、しなきゃ。


「おはじき⋯⋯しま、しょ?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る