第二十話 祖父母の願い、航の決意
祖父の言葉は、病室の静寂の中で、あまりにも重く響き渡った。航の「見える力」が、まさかそんな血塗られた過去、先祖の罪と「生贄」の犠牲の上に成り立っていたとは。そして、その力が、一族を土地に縛りつける「呪い」でもあったとは。そして、祖父母が、自分をその宿命から守ろうと、どれほどの苦労を重ねてきたのか。航の視界は、衝撃によってにわかに滲み始めた。
「……じいちゃん」
航は、掠れた声で言った。瞳から、熱い涙が止めどなく溢れ落ちる。それは、自身の能力の恐るべき根源に対するショックであり、祖父母が自分をこの重い宿命から守ろうと、どれほど長い間、計り知れない苦労を重ねてきたのかを知ったことへの、感謝と、そして胸を締め付けるような悲しみが入り混じった涙だった。
「なんで……なんで、今まで教えてくれなかったんだよ!」
航の言葉は、怒りにも似た感情を帯びていた。なぜ、もっと早く。なぜ、こんなにも重大なことを、ずっと秘密にしていたのか。もし、もっと早く教えてくれていれば、自分も何か協力できたかもしれないのに。祖母も、こんなに早く逝ってしまうことはなかったかもしれないのに。後悔と、やるせない思いが、航の心の中で渦巻いた。
祖父は、航の涙と怒りに満ちた問いを、ただ静かに受け止めていた。その表情には、航の感情を全て理解しているかのような、深い慈しみが宿っている。祖父は、ゆっくりと空いている方の手を伸ばし、再び航の頭を優しく撫でた。
「すまんな、航。だがな、お前には、こんな呪われた宿命を背負わせたくなかったんじゃ」
祖父の声は、震えていた。その言葉には、航への限りない愛情が込められているのが、痛いほど伝わってきた。
「お前さんは、まだ幼い頃に、お父さんとお母さんを亡くした。わしらにとっては、お前さんが残された唯一の希望だった。可愛くて、可愛くてしょうがなかったんじゃ。そんなお前さんに、この一族の、暗く、重い業を背負わせるなど、できるはずがなかった」
祖父の瞳が、遠い過去を懐かしむように、そして悲しむように、かすかに揺れた。
「ばあさんも、そうじゃった。航には、このしがらみを知らずに、自由に、そして他の人よりも幸せになってほしいと、いつも願っていたんじゃ」
祖父の言葉は、航の胸に、深く、そして温かく染み渡った。祖父母が、自分をどれほど深く愛し、守ろうとしていてくれたのか。その愛情の深さに、航はただただ涙するしかなかった。
「現に、呪いが解かれないまま、ばあさんが亡くなってしまった。その時に、ばあさんが持っていた力が、血を分けたお前さんに渡ってしまったのかもしれん。だから、お前は、はっきりと『見え』るようになったのかもな」
祖父の言葉は、航の能力覚醒の謎を、不完全ながらも示唆していた。祖母の死は、単なる別れではなく、宿命の継承であったのだ。祖母は、その力と共に、一族の重い秘密を航に託して逝ったのかもしれない。
航は、涙を拭い、祖父の目を見つめ返した。
「そんなの……そんなことないよ、じいちゃん」
航は、震える声で答えた。
「俺は、お父さんやお母さんがいなくても、不幸だなんて思ったこと、一度もない。だって、じいちゃんとばあちゃんが、ずっとそばにいてくれたじゃないか」
航の言葉は、偽りない本心だった。祖父母と過ごした日々は、航にとって何よりも温かく、幸せな時間だった。
「ばあちゃんはさ……」
航は、祖母が亡くなった日のことを思い出した。あの時、航は祖母の幽霊を見た。そして、彼女は最後に、笑って消えていったように見えたのだ。
「ばあちゃんは、最後に笑って、挨拶にも来てくれたんだ……」
航の言葉に、祖父の表情が、驚きと、そして微かな希望に満ちたものへと変わった。祖父は、航の言葉を信じられないように、しかし縋るように繰り返した。
「ばあさんは、最後に笑っておったのか……」
その言葉は、祖父にとって、何よりも大きな安堵をもたらしたようだった。祖母の死は、この重い宿命に囚われたままであったと、祖父はずっと信じていたのかもしれない。
ふと、航の頭に、ある疑問がよぎった。祖父は、この「力」を「呪い」だと言った。生贄の娘が縛られ続けたことによって、土地に「呪い」が及んでいるとも。
「じいちゃん……この呪いって、まさか、じいちゃんの体調不良にも繋がってるのか?」
航は、恐る恐る問いかけた。その可能性が、航の心を締め付けた。もし、祖父が今も苦しんでいるのが、自分のせいで、そしてこの呪いのせいだとしたら。
祖父は、航の問いに、何も答えない。ただ、航の言葉を反芻するかのように、「ばあさんは最後に笑っておったのか……」と、もう一度小さく呟くだけだった。その表情は、深い感慨と、そして航への感謝に満ちているようだった。
沈黙が、病室に満ちる。祖父の瞳は、遠い記憶を辿るように、遥か遠くを見つめていた。その沈黙が、航の疑問への答えを示唆しているように感じられた。祖父の苦痛は、やはりあの呪いと、密接に結びついているのだ。
航は、祖父の沈黙と、その表情から、確かな答えを得た。そして、もう一つ、どうしても聞かなければならないことがあった。
「じいちゃん、どうすれば、この呪いが解けるかを知っているのか?」
航は、祖父の目をまっすぐ見つめた。その瞳には、もはや戸惑いも恐怖もない。あるのは、愛する祖父と、悲劇的な運命を背負わされた先祖の魂を救いたいという、強い決意と、使命感だった。
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