第十六話 深まる絆と新たな疑問
笠倉先生の逮捕から一夜明け、学校は異様な熱気に包まれていた。生徒たちの間では、笠倉の悪事と逮捕の噂が瞬く間に広がり、誰もがその衝撃的な事実にざわめいている。航たち三人は、その騒動の中心にいたにもかかわらず、誰も口を開くことはなかった。ただ、彼らの間には、これまで以上の固い絆が芽生えているのを感じていた。
放課後。
いつものように、三人は大地の家に集まっていた。リビングのソファに腰を下ろし、今日の出来事をそれぞれ静かに反芻していた。すると、玲奈が唐突に顔を上げ、航の目をまっすぐに見つめた。
「ごめん、航。……私、航の言ったことを信じてなかった」
玲奈の声は、心からの後悔に満ちていた。その瞳は真剣そのもので、普段の冷静さからは想像できないほど、感情が揺らいでいるのが見て取れた。
「でも、今回の件で私が間違ってたってはっきりわかったの。ホントにごめんなさい」
彼女の真摯な謝罪に、航は少し戸惑いながらも、ふっと笑みをこぼした。
「そんなのしょうがないよ。俺だっていきなりそんなん言われたら、信じられないよ」
航の優しい言葉に、玲奈の顔に安堵の色が広がった。
「ありがと……」
玲奈が小さく答えた。その場に、じんわりと温かい空気が流れる。
「はいはい、しんみりするのはもう終わり〜ってね」
大地が、いつものおちゃらけた調子で割って入った。その軽口が、張り詰めていた空気を和らげてくれるのが助かる。だが、大地の表情も、どこか穏やかで、航を見つめる目に優しい光が宿っていた。
「でもさ、なんで急に見えるようになったんだろな? 前はたまにだったんだろ?」
大地が、素朴な疑問を口にした。
航は、少し考え込むように天井を仰いだ。
「前も言ったけど、はっきり見えるようになったのは、ばあちゃんが亡くなってからなんだよな……」
その言葉に、玲奈がハッとした表情を浮かべた。
「確かにそうね。おばあさんと航の力に何か関係あるのかしら……。もしかしたら、航のおじいさんが何か知ってるんじゃないかしら?」
玲奈の鋭い指摘に、航の胸に一つの可能性がよぎった。祖母が亡くなってから力が覚醒したこと。そして、祖父もまた、どこか特別な雰囲気を纏っているような気がしていた。今まで考えもしなかった祖父母と自分の能力の繋がり。
航は、ふと壁にかかった時計に目をやった。すでに午後七時を回ったところくらいだった。祖父との決まりごとの時間。
「やべ、そろそろ帰んないとじいちゃんに怒られる」
航は急に慌てだした。祖父が一人になった今、余計に心配をかけてはいけないという気持ちが強かった。
「今日は帰るわ。二人ともありがとな!」
航はそう言い残すと、急いで立ち上がり、大地の家を後にした。残された大地と玲奈は、見送る航の背中を見つめながら、それぞれの胸に、これから始まるであろう新たな謎と、航の能力の真実への期待を抱いていた。
家路を急ぐ航の頭の中は、玲奈の言葉と、自身の能力についての疑問でいっぱいだった。祖父が何か知っているかもしれない。その予感は、確かなもののように思えた。
玄関の引き戸を開けると、香ばしい醤油の匂いが航の鼻腔をくすぐった。リビングからは、祖父がテレビを見ているらしき声が聞こえる。
「ただいま」
「おお、遅かったじゃないか。デートでもしとったんか?」
夕飯の時間に遅れた航に、祖父がテレビから顔を向け、いつものようにからかってきた。その声には、どこか心配の色も混じっている。
「そんなんじゃないよ! 大地のとこで遊んでたんだ……夕飯遅れてごめん」
素直に謝る航に、祖父は小さく笑った。
「まぁいいさ。お前も高校生だしな。色々あるわな。夕飯の支度はもう出来てるから、はよ食べようや」
二人は食卓につき、温かい煮魚と味噌汁を囲んだ。航は、いつも通りの祖父の姿に、少しだけ安堵する。だが、胸の奥にある疑問は、どうしても無視できなかった。
「じいちゃんさ、ちょっと聞きたいことあるんだけど……」
少し聞きにくそうに、航は切り出した。箸を置いた祖父が、不思議そうに航を見た。
「どうしたんだ、改まって。なんじゃ?」
航は、意を決して、最も核心に触れる言葉を口にした。
「じいちゃんは幽霊って、信じてる?」
その瞬間、祖父の表情が、少しドキッとしたように見えた。一瞬だけ、その瞳の奥に、何か隠し事をしているかのような動揺がよぎった。
「どうしたんだ? ばあさんに会いたくなったか?」
祖父は、動揺を隠すように、いつもの調子でごまかそうとした。
「いや……実はさ、俺、幽霊が――」
航が、自身の体験を話し始めようとした、その途端だった。
「ぐっ……ううっ……!」
祖父の顔が、みるみるうちに苦痛に歪んだ。突然、胸を押さえ、苦しそうにうめき声を上げ始めたのだ。その顔は蒼白になり、額には脂汗がにじんでいる。
「じいちゃん!?」
航は、突然の異変に、箸を落とし、驚きと不安で声も出なかった。
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