第十四話 暴かれる真実

 体育倉庫で見つけた小型のビデオカメラを手に、三人は再び大地の家へと戻っていた。リビングの照明の下、埃を被ったカメラは、ずしりと重く感じられた。中に何が記録されているのか。希望と、そして不安が入り混じった緊張感が、部屋を満たしていた。


「再生できるかな……」


 玲奈が慎重にカメラを手に取った。古い機種のようだが、幸いバッテリーは残っているようだ。再生ボタンを押すと、小さな液晶画面に砂嵐が映し出され、やがて映像が流れ始めた。


 映し出されたのは、やはり体育倉庫のような薄暗い部屋。画面の隅には、少女の後ろ姿が映っている。そして、その少女の前に立っていたのは、まぎれもない笠倉先生だった。

 航は息をのんだ。あの追体験で見た光景が、今、映像として目の前にある。

 映像の中の笠倉は、少女に何かを言いながら、手に持ったスマホをちらつかせている。少女は震えながら、何度も首を横に振っていた。そして、笠倉の手が、少女の体に伸びる。嫌がる少女の体を、笠倉が弄っている。少女の顔は映っていないが、そのうずくまるような仕草と、小さな嗚咽が、状況の残酷さを物語っていた。


「……っ、ひどい……」


 玲奈が、絞り出すような小さな声を上げた。玲奈の顔は蒼白で、その瞳は画面に釘付けになっている。普段の冷静さは完全に消え失せ、怒りと嫌悪、そして信じられないものを見た衝撃で、唇が震えている。玲奈の「見えないものは信じない」という信念は、この決定的な映像の前で、完全に打ち砕かれていた。

 大地もまた、怒りに顔を歪め、拳を強く握りしめている。言葉にならない唸り声が、喉の奥で響いていた。


 映像は続く。怯えきった少女の様子、笠倉の歪んだ笑み。そして、少女が泣き崩れる姿が映し出された後、映像は途切れた。


「これが……あの子が伝えたかったことだったんだ……」


 航の声は震えていたが、そこには確かな怒りが宿っていた。笠倉の悪行が、今、確固たる証拠となって目の前にある。


 次の日の放課後。

 航、大地、玲奈の三人は、学校の屋上で、笠倉を待っていた。今日の昼休み、玲奈が笠倉に「放課後に話したいことがある」と誘っていたのだ。緊張で、全員の心臓が激しく鼓動を打つ。

 やがて、屋上の扉がガチャリと開き、扉の向こうから笠倉がやってきた。ジャージ姿で、いつものようにどこか威圧的な雰囲気だが、今は少し不審そうに眉をひそめている。


「お前ら、こんなところで何を突っ立ってるんだ。それに、屋上になんか何の用だ?」


 笠倉は、心当たりのない様子の表情を浮かべている。


「笠倉先生、お話があります」


 航が、一歩前に出て、真っ直ぐに笠倉の目を見た。その声は、驚くほど冷静だった。


「放課後に呼び出しとは、お前ら何か悪いことでもしたんじゃないだろうな?」


 笠倉は、逆に三人を探るような態度で、高圧的に言い放った。その言葉に、大地の握る拳に力がこもる。


「……いいから、これを見てください」


 航は、手にしていた小型のビデオカメラを、笠倉の目の前に突き出した。

 笠倉の顔から、一瞬にして血の気が引いた。その瞳が、カメラの液晶画面に映し出された映像を捉えた途端、彼の顔はみるみるうちに青ざめていく。昨日、航たちが確認した、あの体育倉庫での映像が、そこに映っていたのだ。


「……な、なんだこれは……」


 笠倉の声が、明確にうろたえている。額には脂汗がにじみ、視線は宙を彷徨っている。しらを切り通すことは、もはや不可能だった。


「自首してください」


 航は、迷いなく言った。その言葉には、一切の躊躇がない。

 笠倉は、震える手で顔を覆った。そして、絞り出すような声で懇願する。


「そ、そんな、もう昔の話だろう……。あの時は、俺もストレスでおかしくなってただけなんだ。どうか、見逃してくれ……。頼む、このことは誰にも……」


 情けない命乞いに、大地の怒りが爆発した。


「ふざけんな、この野郎!!」


 大地は、怒りに任せて笠倉に殴りかかりそうになった。その拳が振り上げられる寸前、航が素早く大地の腕を掴み、その行動を止める。


「大地、やめろ!」


 航は、震える声で言った。怒りだけでは解決しない。この先生に、真の意味で罪を認めさせなければならない。


「笠倉先生」


 航は、笠倉の目をまっすぐに見据えた。


「そこに、あなたが自殺に追い込んだ生徒がいるんです。ずっとそこで、苦しみから解放されずに捕らわれている」


 航は、屋上の隅の一点を指差した。そこには、半透明な姿で、あの少女の幽霊が、三人の様子をじっと見つめているのが見えた。笠倉の悪行が暴かれたことに、安堵と、しかし拭いきれない悲しみが混じった表情で。


「その子のためにも、謝罪して、そして自首してください」


 航の言葉は、笠倉の心に、そして幽霊の少女の魂に、深く響くことを願っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る