第四話 交差する視線

 全身を駆け巡る激痛と、耳鳴りのような不快な音が航を襲った。次に意識が浮上した時、彼は身体を横たえていた。硬い床ではない。少しだけ柔らかい感触に、航はゆっくりと目を開けた。


 白い天井。蛍光灯の光が眩しい。ここは……どこだ?


 身を起こすと、ひんやりとした空気が肌を撫でた。どうやら、コンビニのバックヤードらしい。段ボールが山積みにされ、業務用冷蔵庫のモーター音が低い唸りを上げている。傍らには、心配そうな顔のコンビニ店員が覗き込んでいた。先ほど、航が目の前で気絶した時の店員だ。


「大丈夫? 店の外の電柱のところで倒れてたからびっくりしたよ」


 店員の声が、まだぼんやりとした航の意識に届く。先ほどの光景が、フラッシュバックのように脳裏をよぎった。頭から血を流した青年。飛び込んできた白い車のヘッドライト。そして、避けられない衝撃――。あれは、間違いなく青年の記憶だった。生々しく、痛みを伴うほど鮮明な、死の追体験。


「あの……カメラ、見せてください!」


 航は急いで起き上がると、バックヤードを出て、レジの上に設置された監視カメラの方向を指差した。声は掠れ、震えていた。店員は眉をひそめ、航のただならぬ様子に困惑した表情を浮かべる。


「カメラ? 何のこと?」

「あの人が、あの車に轢かれるのが映ってるはずです! 僕が倒れてた電柱のところに立ってる……」


 航は、店の外にある電柱のほうをちらりと見た。もちろん、その青年は何も変わらずそこに立っているはずだ。だが、店員には見えない。航の言葉が、狂言のように聞こえるのは当然だろう。


「何言ってるんだ? 今、そんな人いないだろ。君、まだ意識がはっきりしてないんじゃないのか? 熱でもあるのか?」


 店員は困惑した表情で航の額に手を当てた。熱はない。ただ、脳裏に焼き付いた映像が、航を激しく揺さぶっていた。あの青年は、ひき逃げされたのだ。そして、その瞬間を、監視カメラが捉えていたかもしれない。そうであれば、あの青年が伝えたいことを、この現実世界に証明できるかもしれない。


「そんなはずない! 絶対に映ってます! 何ヶ月か前に、ここで事故があったって聞きました。その時の映像を見てほしいんです!」


 航は必死だった。あの追体験の衝撃が、彼の内側で嵐のように荒れ狂っている。早く、真実を、あの青年の訴えを、確かめなければ。


 店員は困ったように眉根を寄せた。


「ああ、何ヶ月か前にね。ちょっとした事故があったのは事実だけど……。でも、もう店長が映像は確認済みだよ。特に問題になるようなものは映ってなかったって聞いてるけどな。だから、今からまた確認しても同じだと思うんだけど……」

「もう確認したって……でも! 俺は見たんです! 頭から血を流した人が、あの白い車にひき逃げされるのを……!」


 航は、自分が何を言っているのか、冷静に考えれば支離滅裂なのは分かっていた。だが、あの鮮明な記憶は、彼の理性をねじ曲げるほどに現実味を帯びていた。必死すぎて、周りが見えていなかった。


「だから、それは君の気のせいだよ。きっと、急に倒れたから変な夢でも見たんだ。少し落ち着いて。熱中症かもしれないし、水を飲むかい?」


 店員はあくまで事務的だった。普通の人からすれば、高校生がいきなり倒れ込んで、支離滅裂なことを言い出したとしか思えないだろう。常識的な反応だ。しかし、航は引かなかった。あの青年の、血に染まった記憶が、航の内部で訴えかけていた。このまま、放っておくわけにはいかない。


「お願いです! もう一度でいいから、見てください! 俺、本当に見たんです! あの映像が、あの人の遺言を証明してくれるかもしれないんです!」


 航はほとんど懇願するように言った。「遺言」という言葉は、彼自身、意識して使ったわけではない。ただ、口からこぼれ落ちた。その言葉に、店員は一瞬、眉をひそめた。少しだけ、表情に変化があったように見えた。根負けしたのか、あるいは航の尋常ではない様子に、何かを感じ取ったのか。


 店員は諦めたようにため息をついた。


「……分かったよ。そんなに言うなら、僕がもう一度確認してみる。だけど、期待はしないでくれ。店長が見て『何もなかった』って言ってるんだからね」


 そう言って、店員はレジの奥へと戻り、小さなモニターが並ぶ監視室のような場所へ消えていった。航は、わずかな希望にすがるように、その扉を見つめた。あの映像に、航が見た真実が映っていることを、ただただ祈るばかりだった。

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