第18話 力を持った者の責任


 フラフィー家には、代々何かしらの特殊能力を持って生まれてくる人間がいる。

 何も持たずに生まれてくる者もいるが、それは幸いなのかもしれない。王家の執行人として生きることもなく、人並みの幸せを得ることが出来るから。

 しかし、大半の人間は何も持たなくとも、家のためにと力を尽くす。


 フラフィー家は、結束力が強い。


 それは、苦汁をなめ、時には迫害されてきた歴史が脈々と流れる血に刻まれているからかもしれない。

 王家が保護してくれなければ、フラフィー家はもっと隠れる様に生きていただろう。下手をすれば、悪事に力を使う輩も出ていたかもしれない。

 秘密を明かされ、しん、と痛いほどに静まり返る中。逸早いちはやく復活したのは、やはりアレンだった。


「……それが、貴方達の秘密、なのですか?」

「左様です。我々には、人には理解されない力がある。それは人それぞれで、私も、ハーヴィーも、アイスナーも、みんな違う力を持っています」

「――。アイスナー、も」

「はい。私は、……ルーク、失礼しますね」


 こてん、と軽く首を傾げて先に謝っておく。

 ルークが「?」と顔と空気で訴えてきたが、それには答えず。



『ルーク! ボクね! 一人で動けるんだよ!』

「――」

「え、ええっ⁉」



 ぴょーん、と、小鳥のぬいぐるみがルークから飛び出した。ルークの代わりに、マルクが声を上げて飛び上がる。


『あ、うれしいなあ! マルク、ボク小鳥! 仲良くしてね!』

「え、ええ⁉ は、はい! な、仲良くしよ、う⁉」


 混乱しながら仲良くする、と言ったマルクに、小鳥は「嬉しい!」と喜んで彼の周りを羽ばたきながら飛んだ。

 そのままぴょんぴょんぴょんぴょん床を飛び跳ね、くるくるっとターンをし、またルークの手元に戻る。

 ルークはすぽっと腕の中に収まってきた小鳥を、目をまんまるにして見つめていた。次いでアイスナーに目を移し、また小鳥に目を移しと、視線が行ったり来たりと忙しない。

 アレンも驚いてはいたようだが、何となく苦笑いになっていた。

 やはり、ぬいぐるみがひとりでに倒れたり集まったりするのはおかしいと感じていたのだろう。偶然にしても都合が良すぎる。


「……なるほど。アイスナーの力は、ぬいぐるみを動かすこと、なんですね」

「その通りです。あとは、どれだけ遠くに離れていても、一度見たり触れたぬいぐるみなら、そのぬいぐるみを通して視界を共有したり、動かしたり、話したり出来ます。重量も自由自在です」

「……おお。それは、物凄く優秀な偵察役ですね」

「はい。父や弟に、裏切者の騎士のことを教えたのは私です。ぬいぐるみを通せば、遠くにいてもお話は出来ます」

「……なるほど」


 アイスナーの説明に、アレンが視線を下げながら頷く。色々合点がいった様だ。

 彼に秘密を知られてしまった。

 だからこそ、アイスナーは聞いてみる。


「気持ち悪いですか?」

「え?」

「私はこの力で、何でものぞけますから。昨日もここに来たその時から、お屋敷全体を観察していました」


 最後はアレンの目を見ているのが少し苦痛で、アイスナーは一度視線を外してしまった。

 初対面の人間に、知らないうちにあらゆるところまで探られる。

 それは、普通の人にとっては耐えがたい苦痛だろう。何て恐ろしく、卑しい人間だと忌み嫌う者だって出てくるはずだ。



 実際、アイスナー達は相手を追い詰める時、そんな目で見つめられる。



 何故、そんなことまで知っている。恐ろしい。何でも見透かした様な目が気持ち悪い。流石は人形姫。非道な行いにも表情も変えない。残酷なまでに憐れな末路を、淡々と見ながらほくそ笑んでいる。そんな風に彼らの態度は物語っていた。

 だから、この力を明かすのは、アイスナー達にとっては賭けでもあった。アレン達に受け入れられなければ、もう関係は終わりだからだ。

 少しだけ、緊張をしている。アイスナーはそんな自分に驚いた。

 しかし、更に驚いたのはこの後だ。


「……月並みなことしか言えませんが。力とは、使う者によって良い方向にも悪い方向にも変わるものです」


 アレンの静かな声に、アイスナーは顔をしっかり上げる。

 ばちっとかち合った青空の視線は、澄み切った本物の空の如く曇りなく輝いていた。



「貴方は、その力を気持ち悪いと思っていますか?」

「……。いいえ」

「ならば、それが真実です。私も、その力は人を守る素晴らしい力だと感服していますよ」

「――」



 アレンが笑いながら、アイスナーを受け入れる。

 その笑顔は、本当に穏やかで包み込む様な輝きを放っていた。その柔らかな、けれどどこまでも優しい眩しさに、アイスナーは不覚にも目が離せなくなる。


「それに、その力は逆に見たくない、人の醜いところまで見えてしまうことだって多いでしょう。実際、貴方達は幾度となくそれを見てきたはずだ」

「はい。それは、……そうです」

「それでも貴方はその辛さや葛藤を乗り越え、力を使うことを躊躇ためらわない。その強さに、今は私達親子が救われている。感謝こそすれ、いとうことなどありえませんよ」


 きっぱりと断言され、アイスナーはどこか力が抜けていく様な思いを味わう。

 何故だろうか。



 彼に、拒絶されなくて良かった。



 アイスナーは理由が分からないながらも、確かに安心した。

 にこにこ笑ってアイスナーを見つめてくるアレンに、アイスナーは先程とは違う意味で少しだけ目線を外す。何故だか、今は真っ直ぐに彼を見つめるのが躊躇われた。


「しかし、そうですか。だから、伯爵とハーヴィー殿は尋問をしに行く際にぬいぐるみを持って行ったのですね」

「ええ。普段から、常に我々はぬいぐるみを持つ様にしています。昨日も実は、胸ポケットに忍ばせていたのですがね。分かりやすく公爵にヒントを与えるために、このお屋敷のぬいぐるみをお借りしました」

「……セシル殿下、いざとなったら教えて良いよって言っていましたから。父上も、最初からその気でしたよね」

「公爵の返答次第だったがな。……これで覚悟を決めてもらわなければ、最悪の事態になっていたでしょうな、貴方達にとっては」


 しれっと言い放つ父に、アレンも「恐いですね」と苦笑した。

 苦笑だけで終わらせられるあたり、流石の胆力だ。マルク達は若干顔が引きつっている。


「私は嘘を見抜く能力を。ハーヴィーは、行動の善悪を見抜く能力を。簡単に説明するなら、これだけです」

「……その、これだけ、が聞き捨てならないわけですが。しかし、なるほど。三人が揃ったなら、それは相手を追い詰めるには充分過ぎる力になりますね」

「そうですな。親子でこれだけスパイや尋問に適した力を持ったのは偶然ではありますがね。今までの先祖達は、それこそ物語に出てくる様に天候を操ったり、炎や風を出したり、眠らせたり、自白をさせたりなど、多種多様な力が発現しています。それらは全て、フラフィー家の書物に記されている。――そして」


 ぐっと、父が拳を握り、目を細める。

 遥か彼方の犯人を鋭く追い詰める様に。



「私達は、絶対にそれらに目を通す。フラフィー家以外で、その力が発現した者によってもたらされる被害を防ぐために」



 それは、力を持つ者の義務。



 フラフィー家以外の者に発現した力は、いくら弱いと言っても、一般人には充分脅威になる。力の種類によっては、鍛えられた騎士でさえ連携を崩され、足をすくわれることもあるのだ。

 生まれ持った力を正しい方向に。悪しき方向に走った者には裁きを。

 それが、フラフィー家の持つもう一つの使命だ。

 この力は、絶対に己のためだけに振るってはいけない。力が強大過ぎることが分かっているからこそ、責任を持つ。

 だから、この公爵の事件に能力持ちが関わっていると知った時点で、アイスナー達は絶対に手は引けなかった。


「……貴方達の誇り高き志に、感謝と敬意を」


 アレンが敬愛を込める様に、胸に手を当て一礼する。

 その行動に、父が微かに目を細めた。何となく胸を打たれた様に、アイスナーの目には映る。

 だが、すぐに父は顔付きを戻し、ルークに向き直った。


「そして、後はルーク殿。貴方の証言が必要だ」

「……」

「どうか、教えてくれないだろうか。もし、お父上としかお話したくないのであれば、我々は一旦席を外す。その間に――」

「……、……っ」


 父の言葉をさえぎり、ルークがアレンの腕の中から一生懸命両手を伸ばす。

 ルークは、依然として声を出さない。

 よほど恐いのか。無理に話してもらおうとは父や弟、そしてもちろんアイスナーも思ってはいない。

 ルークは文字を書くのも恐がっていた。

 けれど、彼は左手を広げて、右手でその手の平に何かを書き始めた。



 そう。文字だ。



 ルークは声を出せない。紙に文字を書けない。

 しかし、辛うじて抜け道を見出した。

 一番簡単なのは、アレンと二人きりになり、彼にだけ事情を話すことだろう。アイスナーはてっきりそうなると思っていた。

 それなのに、ルークは手の平に文字を書くことを選んだ。


 きっと、父の言葉が、――アイスナーの「守りたい」という言葉が、彼に決意を促したのだ。


 そして、秘密を明かしたアイスナー達に対し、懸命に応えようと決断した。

 だから、みんながいる前で伝えることにしたのだ。例えどれだけ時間がかかっても、アイスナーは――ここにいる全員は、その気持ちを尊重する。

 ルークが、一生懸命文字を書いていく。アイスナー達も、一つ一つ、丁寧に読んでいく。アレンが隣で、チャドルから受け取った紙に文字を書き起こしていった。

 そして、一文字一文字進むにつれて――アレンは耐える様に目を閉じる。



『ねがったの。ずっと、ずっと、おとうさまといっしょにいられますように、って』


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