第6話「湯気の海に響く笑顔」

朝靄に包まれた村の広場は、既に活気に満ちていた。太鼓の重低音が大地を振動させ、笛の高音がその隙間を駆け巡る。色とりどりの露店が軒を連ね、祭りの旗が風に揺れている。

リオは大鍋の前に立ち、焦げ跡の残る石床に最後の熾きをくべた。薪が赤く燃え上がると、その湯気は白い雲のように立ち上り、祭りの朝空へと溶け込んでいく。

「……いよいよ、本番だ」

緊張と期待が胸を締めつける。深呼吸して、リオは火加減を最終チェックした。


最初の客は、村長とロッタだった。木椀に注がれたスープを口に含むと、二人の表情が一気に柔らいだ。村長は目を細めて頷き、ロッタは頬を赤らめながら両手を合わせた。

「お、美味いぞ……!」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

それを見届けると、騎士団員たちが列をなしてやってきた。セリアの掛け声に応じ、リオは一杯ずつ振る舞う。甲冑の間から溢れる笑顔、疲労の色が引いていく肩の力──湯気の向こうに、無数の「ありがとう」が波紋のように広がった。

――〈潜在能力開放+25%〉

ふと視界に浮かんだ数値は、リオだけに見えたが、その意味を彼は確かに肌で感じ取っていた。


突如、列のはずれでざわめきが起きた。旅商人の男が一心不乱に大鍋へ駆け寄り、木椀を奪い取る。色あせた外套の中から金貨をちらつかせながら、彼は一口で目を見張った。

「なんという味……地方の名産品ではなく、これは新たな市場価値がある!」

商人は瞳を輝かせ、リオに懇願するように言った。

「これを遠方の市場へも……いや、王都の宮廷へも──取り扱わせてほしい!」

リオは驚きながらも、その熱意に押されて小さく頷いた。


しかし、そこに思わぬトラブルが訪れる。大鍋の底を支える石が音を立て、ふいに鍋底にひびが入ったのだ。滴るスープが地面を濡らし、周囲に動揺が広がる。

「大変だ! このままではスープが……」

村人も騎士団員も慌てふためく中、リオは咄嗟に駆け寄った。鍋の側面に手を押し当て、ひびの位置を確かめる。近くに置いてあった耐水粘土を取り、ひびに詰め込もうとしたそのとき――

「素材魔素再構成!」

リオは心の中で唱え、粘土全体に手を添えて魔力を注ぎ込む。

――〈素材魔素再構成+5%〉

粘土は穏やかな光を帯び、ひびを完全に塞いだ。スープの漏れは止まり、鍋は揺るぎなく煮え続けている。村人が息を呑み、騎士団員が目を丸くする中、リオは静かに微笑んだ。


夕暮れ、祭りは最高潮に達していた。提灯の灯が夕闇を彩り、行灯が通りを照らす。旅商人は再びリオの前に現れ、小さな羊皮の契約書を差し出す。そこには「遠征料理人としての独占契約」が記されていた。

「あなたの料理は、人々の心と体を救った。ぜひ、各地へと広めたい」

震える手で契約書にサインをするリオ。その筆跡は揺らいでいたが、確かな決意を刻んでいた。

「……ええ。どこへでも、大鍋を抱えて参ります」


祭りの夜空に、打ち上げ花火の軌跡が映えた。湯気の海から立ち上る香りとともに、リオの新たな旅立ちが静かに幕を開けた。

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