第7話 ねぇ、“付き合う”ってさ

あの“ほとんどキス”だった日から、私はずっと落ち着かなくて、

彼の顔を思い出すたびに、何も手につかなくなった。


そして当然、クラスの噂もエスカレートしていく。


「ねぇねぇ、佐倉くんと篠原さん、付き合ってるっぽいよ〜」

「てかもう公認カップルじゃん」


そんな言葉が飛び交う中、私は正直——

自分でもよくわからなくなってた。


あの距離、あの言葉、あの鼓動。

でも、「付き合おう」なんて言葉は、まだもらってない。


* * *


その日の放課後。

帰り支度をしていたら、佐倉くんが後ろからそっと声をかけてきた。


「……ちょっと、外、行かね?」


「……え?」


「話したいことある」


校舎裏のベンチ。

ふたりで並んで座ると、さっきまでざわついていた胸が、余計にうるさくなる。


「なあ」

「……うん」


「噂、もうクラス中に広まってるっぽいな」


「うん……聞こえてる」


「それで……おまえは、どう思ってんの?」


私の心がまた跳ねた。

言いたいことは山ほどあるのに、言葉が見つからない。


「……あの、ね」

「うん」


「“付き合う”って、どういうことなのかなって……最近、よく考えるの」


「……」


「一緒にいてドキドキして、すごく嬉しくて……

でも、それだけじゃ“付き合ってる”って、言えないのかなって……」


そのときだった。

佐倉くんが、すっと私の手を取った。


「じゃあさ——今から、それに名前つけよう」


「……え?」


「篠原と俺は、“付き合ってる”。

ちゃんと、俺から言う。今日から、彼氏にならせて」


まっすぐなその声に、胸が詰まって、涙が出そうになった。


「……ほんとに?」

「マジだよ。

だから——おまえも、俺の“彼女”になってくれ」


返事は、声にならなかった。

だけど私は、彼の手をぎゅっと握り返した。


それだけで、十分伝わったと思う。


そのとき、ほんの一瞬、彼の顔が近づいた。


けれど——今回はもう、誰にも邪魔されなかった。


唇が、ふれた。

ほんの一瞬。でも、ちゃんと確かに。


世界が止まった気がした。

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